30年間、小さな庭を見つめ続けた画家・熊谷守一 ──名誉より「自分らしい暮らし」を選んだ理由【後編】 (2/3ページ)
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熊谷守一
小さな変化を見逃さず、じっくり向き合う。その積み重ねが、独特の作品世界を育てていったのでしょう。
「簡単そう」に見える絵ほど難しい熊谷守一の作品は、一見するととても素朴です。
猫は数本の線で描かれ、色彩もシンプル。陰影もほとんどありません。
だからこそ、「子どもでも描けそう」と感じる人もいます。
しかし、それは長年磨き続けた技術があってこそ到達できた表現でした。
写実を極めたからこそ、本当に必要な線だけを残すことができたのです。
余計なものを削り落とした画面には、猫や草花の生命感が不思議なほど自然に息づいています。
名誉より、自分らしい暮らしを選ぶ1967(昭和42)年、熊谷守一は文化勲章の受章者に選ばれました。
芸術家にとって最高の栄誉ともいえる出来事ですが、守一は辞退しています。
理由は「これ以上、人が来てくれては困る。」
さらに「礼服も作りたくない」と話したとも伝えられています。
1972年には勲三等も辞退しました。
名声や肩書きよりも、自分の生活のリズムを守ることを大切にしたのでしょう。
熊谷守一が残した言葉熊谷守一は『私の履歴書』の中で、こんな言葉を残しています。
「下品な人は下品な絵をかきなさい。ばかな人はばかな絵をかきなさい。下手な人は下手な絵をかきなさい。」
少し強い言い方ですが、人の真似をする必要はない、自分らしく生き、自分にしか描けないものを描けばいい──そんな思いが込められていたのでしょう。
97年の生涯を通して、熊谷守一は流行や評価を追いかけることなく、自分の心が動くものを描き続けました。
遠くへ旅をしなくても、身近な世界には新しい発見があります。
一本の木や一匹の猫、足元を歩く小さな蟻でさえ、じっくり見つめれば昨日とは違う表情を見せてくれます。
熊谷守一が30坪の庭で見つけたのは、特別な景色ではありませんでした。
何気ない日常の中にある豊かさです。