ただの宗教伝来じゃない!「仏教」が渡ってきた本当の目的は“兵力”の要請だった? (3/3ページ)

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しかし、仏教伝来と百済の軍事的な苦境が時期的に重なっていることは重要です。

政治的・軍事的意味合い

仏教を単なる宗教として見るだけでは、百済と倭の関係、仏教の文化的意味を見落とします。

当時、仏教には経典だけでなく、寺院建築、仏像制作、工芸、法衣、僧侶の育成など、多くの知識と技術が結びついていました。

そのため、百済が倭へ仏教を伝えることは、自国が持つ高度な技術体系を倭へ提供することでもありました。

韓国ソウルのポウンサ寺とカンナムエリアの夜景

先述の通り、五一三年以降に五経博士、暦博士、医博士、易博士などを派遣していたことも、この関係を考えるヒントになると言えるでしょう。

仏教は宗教であると同時に、百済にとって重要な外交手段でもありえました。国家の存続が危ぶまれる状況で、百済が倭の軍事力を必要としていた可能性は大いにあります。

古代の国際関係では、文化と政治をきれいに分けることはできません。仏教伝来という出来事には、仏教、知識、技術、交易という意味合いがあり、そしてその背景には高句麗・百済・新羅の対立がありました。

なぜ仏教が日本へ伝わり、受け入れられたのかという問いを考えるためには、古代東アジアの政治情勢と軍事情勢を見る視点も必要なのです。

参考資料:出口治明『10人の英傑が「この国」を変えた 大転換の日本史』2025年、PHP研究所
画像:Wikipedia,PhotoAC

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