どちらを信じるべき?日本史料と中国史料…『日本書紀』と『隋書』の“食い違い”が教える古代史の真実 (2/3ページ)

Japaaan

記録の目的

そもそも『隋書』は、隋という王朝の歴史をまとめた中国の正史です。そこには倭国だけでなく、周辺諸国との外交や朝貢に関する情報も記録されています。

中国側から見れば、外国から使者が来たことは外交上の出来事です。だからこそ、倭国からの使者についても記録する理由があったのでしょう。

一方、『日本書紀』は日本の王権が編さんした歴史書です。日本側にとって重要だった出来事を中心に記録するという性格があり、外国側の記録とは目的が異なります。

つまり、両者にはそれぞれ記録する理由と記録しない理由があります。ここを無視して、片方だけを正しい史料と決めることはできません。

興味深いのは、日本書紀では600年の遣隋使の記録がない一方で、607年には小野妹子を隋へ派遣した記事が登場することです。遣隋使そのものを否定しているわけではありません。

遣隋使といえばこの人、小野妹子(Wikipediaより)

比べて読む

ここで大切なのは、日本史料か中国史料かという二択にしないことです。両方を並べることで、それぞれの史料だけでは見えない部分が浮かび上がります。

また、史料同士が一致したからといって、それだけで事実が確定するわけではありません。記録者の立場や目的、伝聞の可能性まで考える必要があります。

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