どちらを信じるべき?日本史料と中国史料…『日本書紀』と『隋書』の“食い違い”が教える古代史の真実 (3/3ページ)
600年の遣隋使の記録についても同じです。日本書紀にないから存在しなかったとも、『隋書』にあるからすべて正しいとも言えません。
さらに、文献だけで判断する必要もないのです。考古学の資料や東アジア各地の記録を重ねれば、倭国が隋と接触した背景を別の角度から検討できます。
実際、遣隋使の研究では『日本書紀』と『隋書』の比較が長く行われてきました。両史料の記述には違いがあり、その違いそのものが研究対象になっています。
結局のところ、歴史研究で問われるのはどちらを信じるかではありません。それぞれの記録が何を伝え、何を伝えていないのかを確かめることが重要なのです。重要なのは、その記録がいつ成立し、誰が、どのような目的で残したのかという点です。
600年の遣隋使は、そのことをよく示す例でしょう。古代史では、記録が一致している部分だけでなく、むしろ食い違っている部分にこそ、新しい事実へ近づく手がかりが残されているのです。
600年の遣使については、現在でも研究が続いています。『日本書紀』と『隋書』の記述には複数の相違点があり、遣隋使の回数や派遣時期についても研究者による検討が行われているのです。
参考資料:出口治明『10人の英傑が「この国」を変えた 大転換の日本史』2025年、PHP研究所
画像:Wikipedia,PhotoAC
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