『逃げ上手の若君』わずか16歳で公卿へ!西園寺公宗の栄光と、鎌倉幕府滅亡が狂わせた生涯【前編】 (4/5ページ)

Japaaan

西国悪党の惣領格・平野将監入道。公宗の家人でもあった。

公宗ら有力公家は、西国の所領を動かす際に私兵として悪党を使っていたと考えられています。

同年5月、御家人・新田義貞が後醍醐天皇方に翻意。義貞は鎌倉を陥落させて鎌倉幕府を滅亡させました。

同月、同じく後醍醐天皇方に翻意した足利尊氏が京の六波羅探題を殲滅。北条氏の時代は名実ともに終わってしまいました。

このときをもって、公宗の人生は大きく変わっていくこととなるのです。

次回【後編】に続きます。

「『逃げ上手の若君』わずか16歳で公卿へ!西園寺公宗の栄光と、鎌倉幕府滅亡が狂わせた生涯【前編】」のページです。デイリーニュースオンラインは、西園寺禧子西園寺公宗平野将監逃げ若逃げ上手の若君カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る