『豊臣兄弟!』秀吉vs家康の決戦場へ!「小牧・長久手の戦い」の古戦場を巡るおすすめルート解説 (2/5ページ)
小牧・長久手の戦いの舞台を辿れば、両軍の思惑が見えてくる。写真は『小牧長久手合戦図屏風』。
秀吉と家康が激突!最初の舞台・小牧山とは?本能寺の変で織田信長が死去した後、羽柴秀吉は山崎の戦い、賤ヶ岳の戦いを経て急速に勢力を拡大していきます。
やがて秀吉と信長の次男・織田信雄との関係が悪化。信雄が頼ったのが、織田家の盟友であった徳川家康でした。
こうして秀吉と家康は、合戦に突入していくこととなります。
天正12(1584)年、秀吉軍と信雄・家康連合軍が尾張国で対峙。戦いの初期、家康側が重要拠点としたのが小牧山でした。
小牧山は、永禄6(1563)年に織田信長が築いた小牧山城で知られています。
秀吉方の池田恒興が犬山城を攻略すると、家康軍は小牧方面へ進出。小牧山城跡には大規模な改修が施され、陣城が構築されていました。
小牧山の山頂からは濃尾平野を一望できます。
標高は85.9メートルと決して高くありませんが、平野の中に独立しているため周囲を見渡しやすい利点がありました。
一言で言えば、小牧山は「なぜ家康がここを押さえたのかを実感できる場所」です。
城跡だけを見るのではなく、秀吉軍がどちらに布陣したのかを想像しながら歩いてみると楽しいかも知れません。