【豊臣兄弟!】信吉に甘すぎ!見えた秀吉・秀長の違和感…信長三傑・滝川一益の栄光と悲劇——第35回考察 (7/15ページ)
戦いの勝利に雄たけびを上げる徳川勢(NHK「豊臣兄弟!」公式サイトより)
そして家康の家臣には、徳川十六神将をはじめとして、バリバリの武闘派が揃っています。ただ、こうした家臣団も、最初から家康の言うことを聞いていたわけではありません。
1563年(永禄6年)から翌年にかけて起きた三河一向一揆は、「伊賀越え」「三方ヶ原の戦い」と並ぶ家康の三大危機の一つとされています。
このとき、多くの譜代家臣が一向一揆側につき、家臣団は二分されました。
それでも家康は、一揆に加担した家臣の一部を赦免するなど、厳罰だけに頼らない対応を取ります。こうした経験を経ながら、家康は家中の結束を強めていったのです。
このようにして、小牧・長久手の戦いのころになると、強固な徳川家臣団が形づくられていきました。
信長三傑の一人? 滝川一益という男さて、筆者として今回の『豊臣兄弟!』で一番心に響いたのが、丹羽長秀と滝川一益のやり取りでした。