【豊臣兄弟!】最期は耳と鼻を削がれ…秀吉に3度も逆らった茶人・山上宗二の壮絶な生涯をたどる (2/3ページ)
またしても秀吉を怒らせてしまう山上宗二(イメージ/AI生成)
しかし天正14年(1586年)に秀吉と茶席で再会、又しても秀吉を激怒させてしまいました。
こうなってはさすがの利家もかばい切れません。宗二は前田家を脱出して高野山へ逃げ込みます。
天正16年(1588年)ごろから自身がまとめ上げた秘伝書『山上宗二記』の写本を作り、各所へ送りました。
いよいよ死を覚悟したのか、自身の知見を後世に受け継いでほしかったのでしょう。
秀吉を激怒させる(3度目)
ついに堪忍袋の緒が切れた秀吉により、処刑される山上宗二(イメージ/AI生成)
やがて宗二は高野山から関東へ移り、北条氏政(谷原章介)・北条氏直(うじなお)父子に茶匠として仕えました。
しかし天正18年(1590年)に秀吉が北条征伐に乗り出すと、宗二は茶仲間であった皆川広照(みながわ ひろてる)と共に小田原城を出て降伏します。
師匠の千宗易が仲介したため、宗二は秀吉と対面を果たしました。
