【豊臣兄弟!】あさひ(倉沢杏菜)が家康と強制結婚!悲劇的な末路の真相、引き裂かれた夫婦の絆… (4/5ページ)
しかしあさひが家康に嫁いでもまだ和睦が成立しなかったため、今度は母なかが「あさひの様子を見舞う」名目で人質となり、これでようやく羽柴・徳川の和睦が成立したのでした。
それからしばらく経つと、あさひは上洛して京都の聚楽第(じゅらくだい。秀吉邸宅)に移り住むようになります。家康としては最早人質としての価値がなく、また愛情もなかったのでしょう。
晩年は病気がちだったそうで、いつお迎えが来ても安心できるように臨済宗へ帰依していたと言います。
そして天正18年(1590年)1月14日に聚楽第で世を去りました。享年48歳、豊臣きょうだい(とも・秀吉・秀長・あさひ)の中でただ一人、母親より先に亡くなっています。
終わりに
きょうだいみんな一緒だったあの頃。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
今回はあさひの離縁と、家康との政略結婚について紹介してきました。
果たして大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、この場面をどのように描くのでしょうか。まだ吉成との夫婦関係が維持されているようなので、吉成がどのようにフェイドアウトしていくのかが気になるところです。