【豊臣兄弟!】ワガママで秀吉激怒、母のゴリ押しでお引越し…秀吉の養子・羽柴秀勝(3人目)の生涯 (1/4ページ)
前編のあらすじ
秀吉の養子とされる「3人目の羽柴秀勝」は、九州征伐で初陣を飾り、キリシタンに憧れるもその夢?を断念します。
その後も活躍を続けますが、果たしてどんな生涯をたどるのでしょうか。
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『豊臣兄弟!』で亡くなった羽柴秀勝は3人いた!江姫の夫「3人目の秀勝」の知られざる正体【前編】 ワガママ言って一時は改易に
九州から戻って同年7月26日に侍従となり、同年10月1日に開かれた北野大茶会では織田有楽斎(信長弟)・蜂屋頼隆(はちや よりたか)・宇喜多秀家(うきた ひでいえ)・細川忠興(ほそかわ ただおき)らと共に茶を献じています。
翌天正16年(1588年)には豊臣姓を賜り、4月に後陽成天皇が聚楽第へ行幸された時は、諸大名の一人として供奉しました。
起請文には丹波少将豊臣秀勝(たんばのしょうしょう とよとみのひでかつ)と署名しており、この頃までに丹波亀山28万石に封ぜられ、近衛少々に叙任されていたものと見られます。
