秀長さえ生きていれば豊臣家は滅びなかった――『豊臣兄弟!』秀吉を狂わせた、弟の「早すぎる死」 (5/6ページ)

Japaaan

千利休の切腹、朝鮮出兵、秀吉の後継候補の相次ぐ死、そして秀吉の死後には家臣団が対立…。これらは全て、秀長の逝去と共に始まったと言っても過言ではありません。

千利休が切腹させられたのはなぜ?政治利用された「茶の湯」と謎の処刑理由

暗雲立ち込める豊臣政権!朝鮮出兵の失敗と家臣団の分裂の経緯を追う

もし秀長が生き永らえていたら、豊臣政権の形は大きく変わっていたどころか、滅亡そのものを防いでいたかも知れません。

こうして見ていくと、彼が農民から武士へと転身した選択は、個人の人生だけでなく戦国史そのものに影響を与えたといえるでしょう。

※秀長に関しては下記記事でも詳しく紹介しています。

「秀長さえ生きていれば豊臣家は滅びなかった――『豊臣兄弟!』秀吉を狂わせた、弟の「早すぎる死」」のページです。デイリーニュースオンラインは、豊臣兄弟!、豊臣秀長、戦国時代、豊臣秀吉、織田信長、カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る