「日経記者はAV女優」でオヤジ界が大盛り上がり|DMMニュース-プチ鹿島コラム
「オヤジジャーナル」(オヤジが発信してオヤジが受信する媒体)の観察をお届けするこのコラム。じつは10月に入ってからオヤジ界が大盛り上がりを見せた話題があった。「日経新聞記者はAV女優だった!」という「週刊文春」10月9日号の記事である。
この(元)日経記者は「作家・鈴木涼美」として『「AV女優」の社会学』という著書を2013年に出していることも記事では伝えられた。上記の文春の記事はすでにご存じの方も多いだろう。というのも「AV女優やってて何が悪い。大きなお世話だ」という声がSNSを中心に多かったからだ。
記事を書かれた本人も今回の騒動についてニュースサイトに寄稿している。
《「AV女優」の社会学』の著者は、「偏見を鑑みて」などという言い訳の裏で、どこかで自分の著作を読む偉いオジサンたちを「巨乳で馬鹿っぽいAV女優が書いたって知ったらどんな顔するの?」と嘲笑するような気持ちは持っていなかったと言えるだろうか。であるとしたら、これは大いに議論・批判されてしかるべき問題である。「日経記者がAV女優」であることよりも「鈴木涼美がAV女優」であることのほうが余程大きな問題を孕んでいる、と私は思う》(「LITERA/リテラ」)
ハチの一刺しならぬ、オヤジへの一刺し! 今回の件、文春以外のオヤジジャーナルはどう書いたか。
「アサヒ芸能」は《日経新聞は退社したが、今後は「作家・鈴木涼美」としてさらに刺激的な体験を織り込んだドキュメントを描くに違いない。いや、それよりも魅惑のGカップを再び披露してほしい。》(10月16日号)と記事をまとめた。……こだわりのGカップ。
「日刊ゲンダイ」は《日経新聞でバリバリ働く美人記者にAV女優の過去があった─―。発売中の「週刊文春」がスッパ抜いて、新聞業界もAV業界も大騒ぎだ。》(10月2日)と報じた。でもやっぱり一緒に騒いでいる。というか読み比べた記事のなかでゲンダイが一番はしゃいでいるのだ。ゲンダイの記事には「東大卒」「日経記者」「美人」とキーワードが躍る。オヤジのニンマリ感が行間から伝わってくる。
ここで私が指摘するニンマリとは「セクシーな姿を見れてラッキー」という無邪気なものではない。もっと深い意味のやつだ。というのも、例のアレが文章にあらわれているのです。例のアレ。それは、若い女に対する「クン付け」。
なぜかしらないけど伝統的に昔からオヤジジャーナルでは若い女優や女性有名人のことを書くとき(特に何かしたとき)に、「クン付け」で記事を書く。この用法はホント不思議で謎なのだが、読者はとにかくオヤジの妙な上から目線を感じるのだ。日刊ゲンダイの「クン付け」該当部分を抜粋してみよう。
《AVに出演していた女性記者は、佐藤るりクン。》
《そんな、るりクンのデビュー作品は07年発売の「ロリボイン」。》
《るりクンはまだ日経記者だった昨年6月、鈴木涼美のペンネームで「『AV女優』の社会学」(青土社)を著した。》
クン呼ばわりが徹底してる。そして最後に、《あなたの職場にもるりクンがいるかもしれない。》とまとめる。るりクン、るりクン、うるさい。
まるで「頭が良くて可愛い顔してても、どうせこうなんだろ、女っつーのは。うん。」と、オヤジが悦に入る様子が浮かばないか。勝手に安心してる雰囲気が伝わってこないだろうか。
私は断言したいのだが、よく言われる「風俗で説教するオヤジ」とはこの手のタイプではないかと思う。ニヤニヤしながら説教垂れるのだ。なんなら「オマエも俺と同類だな」という空気をかもし出しながら。肩に手なんかのせながら。嗚呼。
とりあえず、根拠のない優位性を示そうとする「クン付け」はやめましょうよ、日刊ゲンダイくん。
著者プロフィール
お笑い芸人(オフィス北野所属)
プチ鹿島
時事ネタと見立てを得意とするお笑い芸人。「東京ポッド許可局」、「荒川強啓ディ・キャッチ!」(ともにTBSラジオ)、「キックス」(YBSラジオ)、「午後まり」(NHKラジオ第一)出演中。近著に「教養としてのプロレス」(双葉新書)。