高倉健「知られざる男気伝説」まだまだあった! (2/5ページ)

日刊大衆

どうしよう、参ったなと思った。何でもいうことを聞こうと思った」
と脱帽。また、こんなこともあったという。
健さんがたけしと一緒に映画を作ろうと思い、たけしの事務所に直接、「もしもし、高倉健です。たけしさんと連絡を取りたいんですが」と電話してきたことがあったという。
事務所スタッフは、まさか健さん本人から電話がかかってくるとは思わず、「何言ってんだ、この野郎!」とあしらったそうだ。それでも健さんは電話口で「高倉です」と言う。そこでスタッフ、今度は「松村(邦洋)だろ、モノマネばっかりしやがって」と言って切ってしまったという。

これも、たけしが明かした秘話だが、ドライブが好きな健さんがある夜、車で銀座を走っていたときのことだという。
「(大好きな)コーヒー飲むんでちょっと停車していたら、酔っ払いが後ろのドア開けて"渋谷へ行ってくれ"って。タクシーと勘違いしたんだ。健さんは何も言わず、そのまま渋谷まで送ったっていうんだ。着いたら、酔っ払いが"いくらだ?"って言って。健さんは"いや、私、高倉の車ですからいりません"。"えっ、タダなの! あんた、いいヤツだね"って帰ってったっていう。酔っ払いは高倉健を運転手代わりにしたなんて、いまだに信じてないだろうね」

一般のファンが目撃した話もある。
無類の車好きで知られる、健さんが一人でジープを運転し、ガソリンスタンドへ洗車に来た。
当然、スタンドの事務所は大騒ぎ。寒い日だったので気の毒に思ったスタッフが「手伝いましょうか?」と声を掛けると、健さんはスクリーンの中と同じ話し方で「いえ結構です。一人でやります」と言って、黙々と洗車をし始めたという。
これぞ、本物のスター。また、共演者らへの気配りも凄まじいものがある。

「暖をとらない」は本当の話

『幸福の黄色いハンカチ』(77年)で映画デビューを果たした武田鉄矢が会見で振り返るのは、ハンカチを見て桃井かおりと一緒に号泣するラストシーン。
「あの時は、監督がどうしても真っ青の青空で撮るんだと言って、5日間も待たされたんです」
武田はあまりに待たされたためイライラして、黄色いハンカチを見ても演技ができない状態に。

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