高倉健「知られざる男気伝説」まだまだあった! (3/5ページ)
「健さんが急に振り返って"1か月間、ロケ辛かったろ。東京へ帰っても元気で暮らすんだぞ"って言ってくれてね。この人と別れるのかと思うと、映画と関係なく泣けてきてね」
焦る武田の心境を察して、健さんが機転を利かせたのだ。
俳優の八名信夫さんが本誌に語ったところによると、彼も健さんに助けられた一人。
「石井輝男監督の作品にご一緒させていただいたときのこと。僕が先輩(高倉健)に啖呵(たんか)を切って噛みつく喧嘩のシーンだったんだけど、セリフが長くって、何度もNGを出して焦っちゃったのよ。監督がイラついていたのがわかるし、ますます焦っちゃった。そしたら先輩が、"監督、僕のセリフですけど、こう変えたほうがいいんじゃないか"って。そしたら監督も、"そうだな、そうしよう"と。つまり、撮り直す必要性を作ってくれて、僕のNGを庇ってくれたんです。あのときは本当に涙が出そうでしたね」
せんだみつおも、こんな思い出を語っている。
「京都のホテルで知人の結婚式の司会をしていたとき、"せんださん、ご苦労様です"と声をかけられて振り向くと、健さんがコップ1杯の水をお盆に載せて立っていました。当時の並み居るスターたちも出席されていた式だったんですが、健さんの気配りに感謝感激。水を一気飲みしてお礼を言ったんですが、かえって緊張してしまって、ボロボロの司会になってしまいました(笑)」
お次は、歌手の弘田三枝子がブログで明かした話。「あるとき、高倉健さんとご一緒にスポンサーさんの接待がありました。行ったクラブで、歌を歌って欲しいと要望され、困ったことがあります」
プロの歌い手として、ステージ以外では歌わないというのが彼女のポリシー。すると健さん、「絶対に歌ってはいけませんよ、あなたはプロなんですから」と囁くや、「僕が歌いましょう」と助け舟を出してくれたという。
「先輩は、本当に自分に厳しく人に優しい方でした。そんなだから、共演している女優さんもみんなホレちゃってね。もう態度を見れば、ホレてるのが一発でわかったもの(笑)」(前出・八名さん)
再び、たけしの回顧談に戻ろう。『夜叉』の撮影時、出番のない健さんが豪雪の中、わざわざ差し入れを持ってきてくれたという。