型破りに挑む『人間力』 行定勲(映画監督) (1/2ページ)
「映画って時代にフィットしたものじゃないと、ヒットしないし、恐らく、実現もできません。それでも、時代にフィットしないものを作り続けたいですね」
映画の一番の醍醐味は、作品を観たあとに謂れのない涙や、謂れのない感動が押し寄せてくることだと思うんです。自分が思ってもいなかったことや、考えてもみなかった感情に気がつくきっかけとなることが、最大の魅力だと思います。
でも、昨今の日本映画は明快なお話が求められ過ぎている。特に、ラブストーリーなんてもっと曖昧でいいんじゃないかと。だって、男と女の心理なんて何百通りもあって、明快なものなんてないでしょう。
だから、今回監督をした映画『真夜中の五分前』も、ぼくは結論が曖昧なまま終わらせたかった。でも、日本では、もう何回も見たことがあるような型通りのハッピーエンドを求められたので、製作はなかなか進みませんでした。
結局、上海のプロデューサーに辿り着いて、実現することになったのですが、企画当初から10年経ってしまいましたね。今回の作品は、上海を舞台にした映画。上流社会に生まれた双子の姉妹がヒロインです。
双子って不思議なんですよ。ぼくの知り合いに双子の兄弟がいるんですが、弟が子供の頃に事故にあったんですけど、兄は自分があったと思っているんですよ。雨が降ると「事故の時の足が痛む」と言うので、「お前じゃないよね」と尋ねると、「あいつはそう言ってるけど、俺だと思うんだよね」って。同じビジュアルの人間が目の前で、自動車にはねられ、飛んだ。すると、飛んだ記憶が混濁してるんですよ。
映画の中の双子の姉妹も、幼い頃から多くの体験や記憶を共有し、それぞれが自分のものだと思っている。
この2人に、時計職人の日本人の若者が出会います。彼は、過去に恋人と死別し、そこから抜け切れておらず、日常を判で押したような暮らしをしています。そして、双子の姉と淡い恋愛をする最中、事件が起きて……というドラマです。
ただ、やっぱり型通りの作品にしたくはなかったので、最後のシーンが見る人の人間性によって解釈の仕方が違うように仕上がっています。その解釈の違いで、物語の後半の見方が、人によって全然、変わってくるんです。
それを話し合うのも、映画だなと。