「もう漫画家はやめてもいいかな」――蛭子能収“ひとりぼっち”哲学に迫る(2) (2/4ページ)
――インターネット上には、「蛭子能収伝説」として、蛭子さんのエピソードをまとめたページがたくさんあります。
蛭子:よく書かれているみたいですね。自分の言動が注目されることは嫌なことではないし、「宣伝してくれてありがとう」という感じです。ただ、おれは(インターネットを)全然見ないので分からないんですよ。だから、そういう話は人づてに聞くことがあります。
――「お葬式で笑ってしまう」というエピソードは本当なのですか?
蛭子:本でも少し触れていますが、これは本当です。だから最近、お葬式には行ってないんですよ。もう4、5年行ってないんじゃないかなあ。「緊張しないといけない」という場面が苦手なんです。緊張しないといけない環境がつい喜劇に見えてしまって…。だから葬式は嫌です。でも、自分の親戚が亡くなったら行かざるを得ないので…。緊張する場面にあまり遭遇したくないですね。
――テレビ番組の収録で、緊張しなければいけない場面はありませんか?
蛭子:あるかなあ…。最近はそういう番組には出ていないですね。あ、でも『NHK歌謡コンサート』の生放送の回にゲストで出演したときは緊張しましたね。真面目な番組なので。
――蛭子さんは芸人の方々からツッコミを入れられたり、いじられたりすることもありますよね。嫌な気持ちになることはないのですか?
蛭子:しないです。向こうも必死に考えて視聴者を笑わせようとしてやっていることですし、ギャグなのだから、それに付き合わなくてはと思うんですね。
――それは素晴らしいです。
蛭子:でもね、この前、「蛭子のクズ伝説」とか言われて、落ち込んじゃったんです(苦笑)。そんなにクズではないと思うんですけどね…。
■「もう漫画家はいいかな」
――蛭子さんにとって「孤独」とはなんでしょうか。
蛭子:なんでしょうか…。でもね、嫁さんがいないというのはすごく寂しかった。嫁さんがいないと何もやる気がしないんですよ。競艇も楽しくない。不思議ですね。
(*蛭子さんの前夫人は2001年に死去。