流行する学校行事「2分の1成人式」は大人のエゴか…ネット上で賛否両論
ここ数年、全国の小学校において「2分の1成人式」と呼ばれるイベントが流行していることをご存じだろうか?
これは、成人の折り返し地点である「10歳」を迎えたことを祝うという趣旨で、小学4年生を対象に学校行事や授業の一環として行われるイベントである。本家本元の成人式に日程が近い1月〜2月に開催されることが多く(地域によっては10月、11月に行われることもある)、10年ほど前から教育現場に広まり始めたようだ。
感謝の強制? 親を愛せない子どももいるのに…
「2分の1成人式」の中身はどんなものなのか。先生からお祝いの言葉が述べられる、子どもたちが劇や合唱などを披露する、将来の夢を発表する——などのほか、定番の一つとして「親に感謝の手紙を書く」という催しがある。
その内容は想像に難くなく、「産んでくれてありがとう」「育ててくれてありがとう」というようなもの。「2分の1成人式」には子どもと親がそろって参加するケースが多く、この手紙の授受がイベント最大の感涙ポイントとなるのだ(結婚披露宴における「両親への手紙」のシーンを想像していただければ、趣旨としては近いものがあるかもしれない)。
この「2分の1成人式」について、ベネッセ教育情報サイトの調べによると参加した保護者の9割近くが「とても満足(24.8%)」「まあ満足(63.3%)」と答えている一方で、識者などからは疑問の声も挙がっている。親から虐待を受けた児童や、ひとり親家庭、離婚・再婚によるステップファミリー(血縁関係のない親子・兄弟姉妹を内包する家族)など、多様化する家族事情への配慮が足りないケースも散見されるからだ。
9割が満足! 親子で感涙する「2分の1成人式」とは!?|Benesse
「2分の1成人式」に批判的なスタンスを取る名古屋大学准教授の内田良氏(教育社会学)は、Yahoo!ニュースに掲載された記事のなかで以下のように主張している。
昨今、家庭内における児童虐待の問題がこれほどクローズアップされているにもかかわらず、まるでそのような事態などありえないかのように、「感謝の手紙」が強制される。家庭で心身ともに深く傷つき、学校でも家族が美化されるとなれば、子どもはいったいどこに逃げればよいというのだろうか。
考え直してほしい「2分の1成人式」―家族の多様化、被虐待児のケアに逆行する学校行事が大流行|Yahoo!ニュース
不要論者を教師と保護者が「叩く」
今年2月、埼玉県のある小学校では、児童と父母が揃って参加する「2分の1成人式」が開催された。そこでは、母親が陣痛の痛みをこらえる様子や、赤ちゃんが生まれる喜びの瞬間を収めた映像を見たあとに、母らがわが子を数十秒間きつく抱き締める「陣痛体験」が行われたという。
「産んでくれてありがとう」川口・在家小で2分の1成人式|埼玉新聞
これに対して、Twitterなどでは一般ユーザーからも疑問の声が挙がった。
〈帝王切開や無痛(痛み緩和)分娩など多様な人がいることも無視か…〉
〈父子家庭の子はどうするのかな? 惨めな気持ちにならんとええけど…〉
〈うちの子は10歳8歳で生母を亡くしてるし、下が10歳の時に私が父親と結婚したから、もし小学校がそんなイベントをやったら辛かっただろうな〉
〈感謝の強要とか、やめてもらいたいわ〉
〈2分の1成人式って「子供のため」と言いながら大人が満足するためにやってるような気もするな〉
当然ながら、「2分の1成人式」を違和感なく受け入れ、その内容に素直に感動できた人たちの気持ちは決して否定されるべきではない。しかし、そうでない人たちが存在するのもまた現実なのだ。
すべての子どもが親に恵まれ、親に愛され、親を愛し、親に感謝しているとは限らない。その事実を無視して大人に都合のよい“美しいストーリー”をお仕着せるのは、単なるマスターベーションに過ぎないのではないか。また、家族を愛せず、親に感謝できない子どもがいるということに想像が及ばなかったとしたら、教育者としてそのこと自体が大きな問題ではないか。
前出・内田氏のツイートによれば、氏の「2分の1成人式」に対する批判に関して、現職の教師らが内田氏個人を“叩く”ような動きも確認されているという。ここにも、教師や親をはじめとする大人たちが抱えるエゴイズムが象徴されているような気がしてならない。
(取材・文/神田川めぐる)