“プロレタリア芸人”、過酷な肉体労働を著書で吐露 (3/4ページ)

新刊JP

それで、こんな嫌なコメントがつくんだったらもうブログをやめようと思っていたのですが、菅さんに「これは絶対におもろいから続けたほうがいい」と言われて、もう一回踏ん張ってみて、それがこういう形で本につながったので。
菅さんにはまだお渡しできていないのですが、「形になりました」と言って渡したいです。

■トラウマと化した過酷な現場と衝撃の一言

――毎日のように肉体労働をされていて体も鍛えられているのではと思っていたのですが、実際お会いするとものすごく華奢なんですね。

本坊:そうなんですよ。体力には全く自信ないです。今は腰を痛めてバイトを休んでいるのですが、本当にようやっていたなという感じですよ。周囲は腕力だけで持てるものを、僕は腰とか肩で担がないと持てないですから。

―― 一番きつかった作業はなんですか?

本坊:派遣のバイトをはじめて1週間くらいのときに行った、麹町の現場のガラ出しですね。
「ガラ」という砕いたサッカーボール大のコンクリートを運ぶ仕事なんですが、もう地獄です。普通は「ネコ」と呼ばれる一輪台車でガラを運ぶのですが、ちょうど通路に4段くらいの階段があって、そこはバケツリレーをするんですよ。リレーなんで休むこともできへんし…。マラソンをずっと走ってきて、ゴール手前の一番きついところがひたすら続く感じですね。
何度も逃げ出しそうになりました。終わりが見えないというか、ここの工事はいつまでやるとかそういう日程が分からないまま働くので、めっちゃ不安になるんです。いつまでこの岩を運ぶのやろと。いまだに麹町駅に行くとちょっと嫌な気持ちになります。

――それはもうトラウマですね。

本坊:トラウマです。本の中にもそのエピソードを書いたのですが、もっと自分に文章力があれば、そのキツさがちゃんと伝わるのに、と思いますね。

――派遣の肉体労働から大工までいろいろな現場で仕事をされてきましたが、その現場で聞いた言葉の中で最も印象的なのは?

本坊:25、26歳くらいの若い子だったんですが、すごく無口で、でも現場に真っ先に行くような子で、少しずつ仲良くなっていったんですね。

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