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心に残る家族葬

「遺品整理までが葬儀」と考えると、ゆっくりと自分のペースで別れを告げられるかもしれません

母方の祖母の葬儀が終わってドタバタもひと段落したころから問題になっていたことがあった。遺品整理である。母方の祖母は洋裁店を営んでいたため遺品の9割がたは布や型紙、糸だった。友人から頼まれて作りかけていたコートも含まれていた。

■ぴんぴんころりだった祖母

この祖母は父方の祖母と違い、私たちに介護もさせてくれずにさっさと逝ってしまった。
元気印の祖母が珍しく体調不良を訴え病院へ行ったところ、心臓に異常ありとの診断を受け即入院、次の日には祖母の告別式用の食事の注文をすることになった。
年齢が年齢だったので、大往生ということではあった。しかしこのタイミングで逝くとは誰も思っていなかったため、私たちも周囲も驚きを隠せなかった。
「ぴんぴんころり」とはこのことかと思った。

■10年かかった祖母の遺品整理

「ぴんぴんころり」はとても良いことだと思うが、孫としては、別れもいえずに急に引き離された感が否めなかった。孫でさえそう感じるのだから、実子なら尚更だろう。祖母の娘である母と伯母は、告別式の後も祖母に別れを告げられずにいたようだ。
結局祖母の遺品を処分するのに10年以上かかった。その間、何度も母が伯父夫婦の家に(祖母は伯父夫婦と同居していた)祖母の遺品整理に出向いたが、伯母と二人でいつも思い出話に花を咲かせ、そこで作業が止まってしまい、挙句に何も片付けられずに帰宅してきたものだった。それを繰り返すこと10年余りだったのだ。

■キッカケとなったリフォーム

それほどまでに片付けが滞っていたのに、あるとき一気にきれいさっぱり片づけることができた。きっかけは伯父夫婦の自宅リフォームだった。
リフォームの話自体は何年も前から出ていたが、これまでは祖母に気を遣い、伯父夫婦の留守中、祖母が来客に気付きやすいように玄関にインターホンを取り付ける程度しか家をいじっていなかった。高齢者にとって、(介護用の設備を取り付けるわけでもないのに)急に住環境を変えてしまうのはよくないとの考えからだった。祖母が元気印だったせいもあるだろう。その祖母も亡くなり伯父夫婦も年老いてきたので、今度は自分たちのために自宅を改装することにしたらしかった。

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