【プロ野球】フランコも驚愕…70歳台で現役復帰したプロ野球選手がいた!

デイリーニュースオンライン

昨季はラミレスも在籍していたBCリーグ。今季もまだまだ興味は尽きない!
昨季はラミレスも在籍していたBCリーグ。今季もまだまだ興味は尽きない!

 プロ野球の春季キャンプ、仕上がりの早いチームは紅白戦や練習試合などを行うようになり、より実戦的な練習メニューをこなすようになってきた。

 まさに“球春たけなわ”の今日この頃、驚くべきニュースが飛び込んできた。プロ野球独立リーグ・ルートインBCリーグの石川ミリオンスターズの新監督に、あのフリオ・フランコが就任するというのだ! この石川は2年前に日本とアメリカを渡り歩き活躍した木田優夫を「投手兼営業」として獲得し、昨年は木田を「GM兼投手」に任命した球団。今季から木田が日本ハムのGM補佐に就任したことによりチームを離れるため、次なる施策として白羽の矢を立てたのがフランコだった。

 ちなみに、BCリーグの他球団では、群馬ダイヤモンドペガサスが昨季にラミレスを打撃コーチ兼選手として入団。シーズン終了時に現役引退を発表したものの、シニアディレクターとして今年もラミレスは群馬に籍を置いている。

数々の伝説を持つフリオ・フランコ

 日本のファンにとってフランコといえば、1995年、1998年にロッテで活躍した姿が印象に残っているだろう。バットの先端を相手投手に向ける、個性的な打撃フォームを覚えているファンも多いはずだ。

 また、フランコは徹底的な自己管理を実践して、周囲を驚かせた。食生活は野菜と魚類が中心で、アルコールは一切摂らずに果汁100%ジュースしか飲まない。このことから、メジャー時代は「ジュース」というあだ名で呼ばれていたという。そのストイックな生活のお陰で、高齢になっても現役を続けているフランコ。1998年に日本球界を去った後は、韓国やメキシコでもプレー。なんと2001年に、43歳でメジャー復帰を果たした。その後、2007年までプレーし、メジャーでは通算2527試合で通算2586安打で、打率.298、173本塁打、1194打点を記録している。

 さらに昨シーズンは、アメリカの独立リーグ・ユナイテッドリーグのフォートワース・キャッツというチームで現役復帰(選手兼コーチ)を果たした。そして、今季は冒頭に記したように、56歳という高齢にも関わらず「選手兼監督」として、日本球界に帰ってくることになった。

フランコを超える驚くべきプロ野球選手!

 しかし、このフランコも驚くべき、“超”高齢野球選手がいたという。ミニー・ミノーソという選手はなんと、70歳で現役復帰を果たしたというのだ。

 キューバ出身のミニー・ミノーソは、1949年にクリーブランド・インディアンズと契約し、メジャーデビュー。その後、1951年にはシカゴ・ホワイトソックスに移籍してレギュラーを獲得。このとき、ミノーソは26歳だった。

 俊足巧打の外野手として活躍したミノーソは盗塁王に3度も輝き、ゴールドグラブ賞にも3回選出。オールスターゲームには7度も出場するなど、立派な成績を残して、1964年を最後に38歳で一度、現役引退した。

 ところが1976年、ホワイトソックスの名物オーナーだったビル・ヴェックによって12年ぶりにメジャー復帰。3試合に出場してヒットも放ち、50歳9カ月という当時の史上最年長の安打記録を樹立したのだった。ちなみにミノーソが最初に入団したインディアンスの当時のオーナーも、ビル・ヴェックだったという。

ディケード・プレイヤーとは?

 メジャーリーグの世界では、例えば1980年代、1990年代、2000年代、2010年代にまたがってプレーした選手のことを、4ディケード・プレイヤーと呼ぶ。「ディケード(decade)」とは、英語で10年のことを指す言葉であり、ミノーソは、1940年代から1970年代までの4世代でプレーした4ディケード・プレイヤーの仲間入りを果たした。

 さらに1976年から4年後の1980年にも、54歳にして2試合に出場して5ディケード・プレイヤーとなった。これは1890年代から1930年代にかけて出場したニック・アルトロックという選手以来、メジャー史上2人目の快挙である。

コミッショナーからストップがかかった!

 さらにミノーソの情熱は止まらない。1990年代にも新記録を目指して出場を試みたが、さすがにMLBコミッショナーから「記録作りのためだけに公式戦に出場するのはいかがなものか?」というクレームがつき、ストップがかかった。

 しかし、ミノーソは1993年、アメリカ独立リーグ、ノーザン・リーグのセントポール・セインツに入団し、現役復帰を果たす。メジャーリーグではないが、これにて6世代でプレーした6ディケード・プレイヤーが誕生した。ちなみに当時のセインツのオーナーは、前出のビル・ヴェックの息子であるマイク・ヴェックだったという。

 そして物語はここで終わらない。その10年後、78歳となった2003年にも、ミノーソは再びセインツに入団して試合に出場。ついに7世代でプロ野球の試合に出場した、唯一の7ディケード・プレイヤーとなったのだった。

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