あの日の白いモビルスーツ 1977年からのオタク回想録その4 (2/5ページ)
春先から、校内での模試もひんぱんに行われるようになりますよ。そんなムードに流されて、なんだか勉強嫌いの自分にも義務感が芽生えてきちゃうんですよ(悪いことではないといは思うけど)。
で、帰宅後は数時間の受験勉強をするようになってましたね。雑誌やマンガを読んだり、テレビを観たりは、その合間。むしろ、そんな縛りがなかったとしたら、際限ない自分の好奇心で、どうかしちゃってたんじゃないかと想像します。
この当時、毎月の購読雑誌は『ぱふ』『LaLa』『ビックリハウス』『ホットドッグ・プレス』『ポンプ」『OUT』『アニメック』『ランデヴー』『少年マガジン』『テレビマガジン』『平凡パンチ』など
まず6月には朝日ソノラマから「マンガ少年別冊 『すばらしき特撮映像の世界』」というムックが発売されましたが、これは最高でした。子供の頃に大好きだった怪獣をはじめとする日本の特撮作品から、海外のSF、ファンタジーまで、大人の趣味人なり(現在考えれば、当時は執筆者の皆様も20歳そこそこの方々だったのだとは思います)の視点で紹介されていました。
米田仁士さんの特撮マン漫画も、いたはししゅうほうの「ウルトラマンタロウ」も、どれもこれもが刺激的でした。これは「ガンダム」とは別の意味で、現在の自分の趣味嗜好をつくり上げた、重要な一冊になりましたね。
それから、4月には、あの『マニフィック』が『アニメック』と誌名を改め、リニューアルしました。ガンダムに関しては他誌とは差別化した特集を組み始めたので、読まないわけにはいかなかったんですよ。この時点で、『アニメージュ』の購読はすっぱり止めちゃったくらいです。
各話ダイジェストストーリーに加え、スタッフインタビュー、設定資料を所狭しと掲載。アニメック誌上でしか確認できない設定画が山ほどありました(後で知ったのですが、設定画を勝手に切り貼りしてつくった「ドダイ搭乗時のグフ」なんてものまで載せていたんだそうです)。
当時、登場モビルスーツの形状を全て確認できたのは、『アニメック』だけでした。また、劇中に登場する「ミノフスキー粒子」という謎の単語について、監督の解説がなされたのも、アニメック誌上のインタビューが初だったと思います。