あの日の白いモビルスーツ 1977年からのオタク回想録その4 (3/5ページ)

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また、ガンダムに併せて、誌上ではさまざまな個人ファンクラブが紹介され(放送翌月の号には既にガンダムファンクラブ会員募集の告知が読者欄をぎわせていた)、会報誌、同人誌というものが多数出版される実情も知りました。あまりにも、濃く、博識なアニメファンたち。知識を蓄えたつもりになっていた自分ごときでは到達できない世界でした。そこで、なんとなくわかってきたんですよ。アニメについて情報を貪り、築き上げてきた「他の人とは違う」という「優越感」が、まるきり勘違いだったことを。

世間には、自分と同レベルの知識を持つファンは山ほどいて、そんな自分たちこそが、メディアに先導される側の大衆なのだ、というのが現実だったのです。「アニメを極めるには奥が深すぎる」と感じ始めると、徐々に「アニメへの知識欲」は方向性が変わり始めました。全てを網羅できないなら、より特殊なものを! より変わったものを! 今思えば、それは今時の「サブカル病」にも共通する、「変わった趣味のオレえらい!」的な浅はかな思考でした。

11月には「アニメージュ増刊 SFコミックス リュウ」、「月刊ジ・アニメ」が創刊され、世間でもテレビまんがのことを「アニメ」というのだ、という認識が一般的になっていた。


それでも、「機動戦士ガンダム」だけは逃さずに見続けていました。雑誌に載っていた「サンライズ公式、記録全集出版」の広告に、たまらず予約のハガキを出してしまったのもこの年の夏だったと思います。「一冊3000円。全5巻を順次出版」。トータルで1万5千円ですよ! 中学生にとっては、かなり厳しい値段ですよ。それでも、その興奮と嬉しさには変えられなかったんです。受験を縦に、親に交渉したんじゃなかったかなあ…(思い出せないです)。

今思い起こすと、高校受験に向けた日々の中、むさぼり読んだ雑誌やまんがの情報が、未だに「受験科目」以上に、頭の中に残っていることが驚きです。また、しっかりと年末に公開された『ルパン三世 カリオストロの城』や『戦国自衛隊』を観に劇場へ足を運んでいたことも、今となっては意外ですよね。まじめに勉強してたんでしょうかねえ?



1980年 アニメからの脱出

受験真っ只中。
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