さっき死ぬとこだったよ:枡野浩一連載28 (2/3ページ)
数珠を探していて遅刻というのは悲しい理由ですが、もちろん私は罰金を詩人に払いました。
すると詩人は「(罰金)だから凹んでたの?」と満面の笑みで言いました。言うまでもなく私が凹んでいたのは友人が急逝したからです。詩人には人間の気持ちがわからないのです。
ステージで凹んでしまいそうな私の様子を敏感に察知した植田マコトさんが、巧みな助け舟を出してくださったおかけで、私は友人が亡くなったことも伝えた上で詩人の悪口を三つ話し、笑いを一応とることができました。
そのあと三人で電車に乗り、浅草へ向かいました。定期的に出演している浅草リトルシアターで漫才をやるためです。この日は新ネタをやる予定でした。しかし電車の中に詩人が衣装を忘れてしまい、そのスペアを取りに荻窪の自宅に帰ることになったため、新作の稽古をする時間がとれませんでした。代わりに植田さんと私でしみじみ蕎麦を食べました。(冒頭に載せた写真は植田さんが撮影した私)
このとき植田さんに伺ってわかったことですが、詩人は新ネタの台本を仕上げてくる約束をしていたのに、それをやらずにぐっすり眠っていたそうです。だから衣装を電車でなくさなくても、稽古はできなかったのです。いったいどうするつもりだったんでしょう。
考えてみると電車で落とし物をしたせいで、詩人は浅草ライブに遅刻したのでした。私は詩人から後日罰金をもらうことにしました。
浅草リトルシアターのステージで結局、単独ライブでやった鉄板ネタをやりました。衣装のスペアを持ってきた詩人は汗だくでした。
私はこの日、衣装のほかに喪服も持っていました。喪服に合わせた靴とステージ用の靴を持参したため、合計三足も靴がありました。
乗り継ぎのとき長く待つ必要があり、川越に着くのがけっこう遅くなってしまいました。駅のトイレで喪服に着替え、大きな荷物をコインロッカーに仕舞いました。香典に記名したりすることが電車の中ではできなかったのでドトールコーヒーに寄って書きました。香典は超貧乏芸人のわりには多めにしました。故人に借りがあり返していなかったからです。
そしてバスが来るのを待てなかったので行きだけタクシーに乗りました。