あげ過ぎは危険!子どもが将来「育ちの悪い人」 になるお駄賃の習慣 (1/3ページ)
子どもがお手伝いをしてくれたとき、ママなら思わず褒めてしまいますよね。でも、それがお片付けしたらシール1枚、食事を残さず食べたら2枚と形にするのはどうでしょうか?
更に食器を下げたら10円、タオルを畳んだら20円とお駄賃を渡すのは?
そこで今日は、『1人でできる子が育つ テキトー母さんのすすめ』の著者の立石美津子が子どもへのお駄賃のあげ方について、お話ししたいと思います。
■「家事の手伝い」は家族の一員として当然のこと
子どもが良い行動をしたとき、親は頭を撫でたり拍手したり賞め言葉をかけてあげますよね。そうすると子どもも嬉しくて「がんばろう」という気持ちが生まれます。動機づけとしては大切です。
でも、毎回「お手伝いしたからお菓子あげるね」としていると、言葉は悪いですが“水族館のアシカショー”のように餌がないとやらなくなる危険も。
子どもにお金を与えるお駄賃も同じです。
皆が快適に過ごすために片付けたり、掃除したり、誰かが病気になったら看病したりするのは家族の中で当たり前のこととも言えます。これをまだ子どもが幼いうちから“○○したから○○円”とお金に換算する習慣ってどうなんでしょう?
■お駄賃と「お小遣い」の違い
子どもが小学校にもなるとお小遣い制にする家庭もちらほら出てきます。週に100円とか月に1,000円など定額制です。
決められた予算の中で貯めたお金で好きな玩具を買ったりおやつを買います。時には無駄遣いをしてしまい欲しい物が買えなくて後悔したりします。でも、この体験を通してお金の管理が出来るようになり、マネージメント能力がついていきます。
でも、家の仕事をした対価としてお金に換算する習慣、これは同じお金を与えるのでも随分と意味づけが変わってきます。
また、他に子どもにお金を与える機会としてお年玉があります。新しい年を迎えたお祝いとして大人が子どもに金銭を与える習慣です。赤ちゃんが生まれた時や入園、入学のお祝いに親戚がくれる御祝い金、同じお金でもこれは○○したからの対価ではなく、お祝いの気持ですね。また意味が違います。