名古屋妊婦切り裂き殺人事件 後編

日刊大衆

名古屋妊婦切り裂き殺人事件 後編

元刑事・北芝健が読み解く「迷宮入り事件」の真相 あの未解決事件現場を歩く

臨月の美人妻が自宅で絞殺! さらに腹が切開されていた……猟奇殺人の「真の目的」はいったいどこにあったのか――?

名古屋妊婦切り裂き殺人事件
1988年3月18日、名古屋市中川区のアパートで起きた殺人事件。事件の被害者・Mさん(27)は、出産を間近に控えた妊婦だった。Mさんの死因は窒息死。首にはコタツのコードが巻かれていた。遺体は、みぞおちから下腹部にかけて38㎝も切り裂かれて胎児が取り出されており、プッシュホン電話の受話器とキャラクター人形のキーホルダ ーが詰められていた。第一発見者は、同日19時頃に帰宅したMさんの夫。犯行時刻は同日15時~16時頃と見られている。その時間、現場付近では不審人物の目撃情報が複数あったが、現在でも犯人の特定はできず、2003年に公訴時効を迎えた。なお、取り出された赤ん坊は、奇跡的に一命を取り留めている。
腹部を切り裂かれ、受話器と人形が詰められた遺体、そして、その傍らに、子宮から取り出され、泣き叫ぶ胎児……。まさに地獄絵図だ。これほどまでに凄惨な殺人事件現場が、ほかにあるだろうか。

若者の快楽殺人かそれとも怨恨か…
計画的な犯行だったとした場合、どのような犯人像が浮かび上がってくるのだろうか。北芝氏がプロファイリングする。
「二つの可能性が考えられます。まず一つは、猟奇的な趣向を持った人物が、以前からMさんをつけ狙っていた可能性です」

猟奇的な趣向とは、どういったものなのだろうか。
「たとえば人を切ることに異様な興奮を覚える快楽殺人犯です。猟奇趣味の欲求による衝動が、善悪の判断に勝ってしまうんですね。事例から考えると、こういった事件の犯人は、10代の若者である傾向も強い」

2000年には、同じ愛知県の豊川市で、17歳の高校生が「殺人の体験をしてみたかった」という理由から、近くに住む主婦を金槌で殴打したうえ、包丁で刺殺した事件が起きている。
また、14年に佐世保市で、「人を殺して解体してみたかった」という高校1年の女子生徒が同級生を自室で殺害、遺体をバラバラにした事件は記憶に新しい。
「特に今回の場合、犯人は男でしょうね。妊婦に対して歪んだ性癖を抱くのは男性であることが多いですし、両手を縛って一気に絞殺していることや、短時間で胎児を取り出していることから考えても、非力な女性では無理な犯行です」

その手際のよさから、一時は医療的知識を持った者とも言われたが、
「帝王切開は、上から下に切りますが、この事件は逆に下から上。ためらい傷はつけなかったものの、2~3回、同じ場所を切っている。明らかに素人です」

妊婦の腹を切ってみたいという異常な衝動に駆られた若者による快楽殺人。恐ろしい話ではあるが、そう断定するには不可解な点があると、北芝氏。
「一気に首を絞められたからと考えられなくもないですが、同じアパートの住人が悲鳴を聞いていないのが、どうしても引っかかる」

そこで、もう一つ考えられるのが、顔見知りによる犯行だという。当初、警察も"居直り強盗説"を追う一方で、怨恨の線でも捜査をしていた。そのとき捜査線上に浮かんだのは、夫のSさんだった。電気が消えていて、玄関の鍵が開いていたにもかかわらず、着替えをしてから発見しているところなどを不審視され、警察の聴取を受けている。

しかし、Sさんには確固たるアリバイがあり、犯行は不可能だった。ほかにも夫妻の仕事関係や交友関係など、くまなく調べられたが、恨みが生じるようなトラブルは出てこなかった。
「ただ、警察の手の届かないところに、その伏線があったら、話は別です」
お腹を切り裂いた真の理由は何か?
北芝氏は、あくまで憶測の域を出ない話だが、と断わったうえで、こう続ける。
「犯人が外国への逃走ルートを確保していた場合、捜査の手が及びづらいことがあります。国外に逃亡なんかされたら、そう簡単には見つからない。確か、Mさんがやっていたサイドビジネスは、外資系の会社でしたよね。外国との絡みはなかったんでしょうか?」

紹介型の販売商法は、一部、"マルチ型商法""ねずみ講"と言われるものもあり、トラブルが生じた事例も少なくないビジネスだ。当時の報道でも、このビジネスの関係者を疑う週刊誌は、いくつかあった。
「まあ、海外との関係なんて情報はどこにも出ていないので、ないとは思うんですが……。怨恨の線で関係者が出てこない場合、こういった可能性もなくはないという仮説です。でも、もし怨恨説だった場合に、快楽殺人とは決定的に違うものがあります。腹を切り裂いた理由です」

これほどまでに残虐な行為の意味が違うとは、いったい、どういうことか?
「お腹の子に罪はないという発想です。犯人は赤ん坊を生かすために腹を切り裂いたんじゃないか」

胎盤で母体と繋がっている状態の胎児は、母親が死亡すると、酸素不足のため死んでしまうが、10~15分程度は生きているという。Mさんを絞殺したあと、このままでは胎児の命が危ないと感じた犯人が、助けようとして取り出した可能性があるというのだ。実際に、赤ん坊は一命を取り留めている。
「どちらの説にしても、お腹に詰められた電話と人形の謎は残ります。何を意味していたのかは、さっぱりわからない。もしかしたら、なんのメッセージもなかったのかもしれないですね。気が動転して、とっさに意味不明の行動に出るという犯罪心理もありますから」

快楽殺人か怨恨による殺人か。どちらにしても計画的な犯行である可能性は高いという。そして偶然にも、そこに窃盗犯らしき人間が現れたことで捜査が撹乱されてしまったというのであれば、なんという悲劇だろう。言いようのない怒りを感じずにはいられない。

しかし、この事件には一つだけ救いがあった。それは、助かった男の子が元気に成長したことである。Sさん親子は、事件のあとにMさんの両親の近くで何年か暮らしたあと、父子でハワイに移住したという。後の報道によれば、Sさんは息子に事件のことは話していないし、話すつもりもないと言っている。

その子も27歳になった。彼は現在も事件を知らないのだろうか。もし仮に知ってしまったのであれば、時効になったいまでも、その解決を一番望んでいるのは彼なのかもしれない。

監修/北芝健
取材・文/川口友万

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