世界チャンピオンの拳を守る日本皮革製グローブ・・・その裏に隠された皮革産業の歴史 (2/3ページ)
将軍家に近い親藩大名の領地を少なく抑え、逆に外様大名や被差別民には財的特権を与えることで安定的な政治を可能にしようという発想だ。
そのため、『弾左衛門』は世間から偏見の視線を向けられる代わりに巨万の富を得ていた。しかし、それは明治維新を迎えてすぐに覆されてしまう。
最後の『弾左衛門』こと弾直樹は、維新と同時に皮革産業を近代化しようと奮闘した。もやは幕府の後ろ盾はなく、被差別民が生きていくためには経済的自立しかない。弾はアメリカから皮革技師のチャールズ・ヘニンガーを招聘し、滝野川の土地に革靴工場を建てた。だがその挑戦は、明治新政府が弾から皮革独占権を没収したことで失敗に終わる。
もっとも、この独占権没収は日本以外の国でなら間違った判断とはならない。一企業による産業シェアの100パーセント支配は、産業そのものの未来性を奪ってしまうからだ。だが、皮革産業に対して強烈な差別意識があった日本では、権利を分散させたとしてもそれが各地で芽をだすことは難しいと考えられた。聡明な顔ぶれが揃っていた明治の元勲だったが、その辺りの事情は理解し切れなかったようだ。
従って、日本には“世界中の有名人が名を挙げて指定する皮革製品ブランド”というものがない。ただ一つを除いて。
■ 王者の拳で光り輝く
先日、世界を揺るがすボクシングのタイトルマッチがラスベガスで行われた。“パウンド・フォー・パウンド”と名高いフロイド・メイウェザー・ジュニア選手と“フィリピンの英雄”マニー・パッキャオ選手の世界戦である。この試合を観るために各地からセレブが集結し、ラスベガスの空港は彼らのプライベートジェットで埋まってしまったほどだ。
実はメイウェザーとパッキャオには、ある一つの共通点がある。それは日本製の皮革製品の愛用者だということだ。靴? バッグ? いや、そうではない。練習用のボクシンググローブである。