世界チャンピオンの拳を守る日本皮革製グローブ・・・その裏に隠された皮革産業の歴史 (1/3ページ)

FUTURUS

世界チャンピオンの拳を守る日本皮革製グローブ・・・その裏に隠された皮革産業の歴史

日本は繊維大国である。熱帯地方の特産だったはずの木綿や桑を栽培し、そこから日本特有の織物や染め物を完成させた。

昨年世界文化遺産に登録された富岡製糸場は、そのシンボルと言っても過言ではない。70年代に中国製の生糸製品が市場に乗り出すまでは、“東洋の繊維産業の王者”として富岡シルクが君臨していた。また木綿も江戸時代当時は“庶民的で質素な素材”という位置付けだった。それほど綿素材製品が列島に隙間なく普及していたということだ。

同時期のヨーロッパでは、木綿は絹に次ぐ高級品だった。だがその影を被るかのように、日本では長らく不遇の地位にあった産業が存在する。皮革産業だ。


■ 「不浄」の産業

日本には“穢れ”を根拠にする差別的な発想をする場合がある。物質的な“汚れ”ではなく、科学的に解明できない不浄の何かである。これは完全な宗教概念で、日本では今でもその発想の残っているところもある。

そんな民族が最も恐れる“穢れ”は、生き物の血に由来するものだ。そもそも日本人は、戦乱期の例外を除いてほんの150年前まで動物由来の食物や製品に接することはあまりなかった。西日本では特にその傾向が顕著だった。

だから、皮革製品を作る業者は社会的地位が低かった。血の“穢れ”に毎日触れるからだ。江戸の斬首刑は『山田浅右衛門』一族という専門の武士が担当したように、皮革業者も徹底した身分固定の枠に入れられた。“穢れ”が広がらないためだ。

皮革業差に対するこうした差別の目は、文明開化後も変わらなかった。


■ 「弾左衛門」の孤軍奮闘

江戸時代、関東の皮革産業を独占していたのは弾左衛門一家であった。先述の『山田浅右衛門』と同じように、この家系は先祖代々『弾左衛門』の名を襲名している。

『弾左衛門』に与えられた独占権は多岐に及ぶが、その中でも死んだ家畜の処理は非常に大きな利益をもたらしていた。徳川幕府の政策の特徴として、『権財分離』というものが挙げられる。

「世界チャンピオンの拳を守る日本皮革製グローブ・・・その裏に隠された皮革産業の歴史」のページです。デイリーニュースオンラインは、カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る