【神戸連続児童殺傷事件】少年Aが「手記」出版に賛否「心の拠り所はユーミンとおばあちゃん」 (2/2ページ)
白い表紙に黒い文字だけのシンプルだが人目をひく表紙をめくると、一番最初に目に飛び込んできたのは、少年Aにとって最愛だった祖母と二人で写る写真だ。やんちゃで、友人も多かった少年A。最愛のおばあさんから愛されていた幸せな幼少期だったと記している。撮影日は1986年6月22日。
だが最愛の祖母が亡くなると、少年Aは喪失感を埋めるように遺影を見つめるようになった。そして祖母が生前愛用していた電気按摩器を触っている時、偶然股間に。そこで人生初めての射精を経験してしまう。死と性とが彼の中でつながってしまった瞬間だった。
それからは、なめくじやカエルを解体したり、猫などの小動物にも次々と手をかけ、「生命を奪うこと=性の高ぶり」へと変化していった。
<祖母の死から八か月。僕は奈落の底へ続く坂道を、猛スピードで転がり落ちていた。>(一部抜粋)と表現している。
その後も友人や年下の子供に暴力をふるう自分を止められなくなっていく焦燥感。そんな彼を慰めていたのは、事件現場となったタンク山や池、そしてエンドレスリピートで聞き続けたユーミンの『砂の惑星』だった。
事件当時の知られざる行動や、服役中の様子に加え、その後少年が自分の犯してしまった罪にさいなまれながら過ごす日々。巻き込んでしまった家族への想いが、独特の言い回しで書かれている。
少年Aにしか知り得ない事件の真実がここにあり、猟奇殺人を犯した者の告白本として見れば、そうはない証言集と見る事もできるかもしれない。ただ──後味の悪さは生半可なものではない。
版元の太田出版は同著に少年の手紙を添え、遺族に送るとしているが、それは誰のための行為なのか。我々は考える必要がある。
(取材・文/大伯飛鳥)