プロレス史上最大の興行「新日本vsUインター」当事者たちの証言 (3/5ページ)
あと2人、橋本(真也)と佐々木(健介)にも連絡したんだよ。そしたら、橋本は震えてたけどね。「オヤジ、それ、一体何なんだよ?」って。
鈴木 もしやってたら、安生1人で3人ヤッてたよ。
永島 それはないよ。ウチの選手もそんなに甘くはないよ。
安生 う~ん、僕としてはあまり行きたくなかった。マサさんには、前からお世話になってましたからね。若手時代、僕は健介と仲良かったんですけど、当時の健介は池尻のマサさんの家に寝泊まりしてて、よく遊びに行ってたんで。いい人ですよ、笑顔が素敵で。だから、会合で敵としてマサさんと会った時は、「なんなんだ、この展開は!」と。
―健介さんは、新生UWFに誘われていたという話もありますよね。
安生 誘ったような記憶もなくはないですね。彼の方がオラオラ系なんで、ソフトな僕より向いてたんじゃないの?
鈴木 俺は、当時はまだアマチュアなところがあったから、交渉の時は、マサさんや長州さんに対して、「サイン欲しいな」とか、そんな感じだったね。
―新日とUインターと言えば、看板外人だったベイダーの引き抜き(93年)もありました。
永島 いや、俺は全然気にしてなかった。ベイダーは色々問題あったし。
鈴木 新日本と切れてると聞いてたからね。宮戸が取りに行ったの。
安生 でも、実際(英語で)交渉するのは俺だっていう。
永島 ベイダー、どうだった?
安生 もう、かなりこれ(鼻を高くするポーズ)でしたねえ。「日本じゃ、俺はビッグスターだ」と。
永島 ファイトマネー、高かったろ?
安生 高かったですねえ。ただ、2000年代に入っての総合格闘技選手の「1試合何千万」とか、そういうレベルではなかったです。総合の選手上げても切符は売れないけど、ベイダーなら売れますから、元は取れましたよ。2~3年は続きましたからね。
―Uインター側からは、1億円トーナメントへの参加呼びかけもありましたね(94年2月)。
永島 覚えてるよ。「突然、何やってんだコイツら」って感じだった。