歴史に大きな影響を与えた10の秘密結社 (6/8ページ)
この状態を作り上げた一人がウィーン生まれのジャーナリスト、詩人、オカルト信仰者「グイド・フォン・リスト」である。彼は特にルーン文字やアルファベットに影響を与えられる前のドイツ言語に強い関心を示していた。
「フォン」という貴族性の名前を持っているにも関わらず彼はウィーンの人々に愛されたオーストリア・ドイツナショナリストであった。1905年に作られた「グイド・フォン・リスト組織」のメンバーには実業家でありアンチ・セム族、キリスト教信仰者のフリードリヒ・ワニッキーやカール・ルエーガー等の著名人の名前が存在した。カール・ルエーガーは同時に1905年のウィーンの市長でもあった。
組織人口が多くなるにつれ、彼らの動きは更に活発になり一つの政治運動と化した。その時彼らが作り上げたのがスヴァスティカと言われる「卍」のシンボルで、メンバー同士は今で言う「ナチス式敬礼」を使って挨拶をしていた。古代ドイツ信仰とアーリア人純血主義の彼らの運動は後にナチズムと呼ばれる思想の種を「シンボル」や「敬礼」を通して残して行った。・3. タギー(インド)
[画像を見る]
サンスクリット語の「隠蔽・隠匿」からその名前を貰う「タギー」という犯罪集団はインドを拠点として犯罪を行い、英語の「thug(サグ:ギャングスタ)」という言葉の元にもなった。タギーは巡礼者を装い、集団でインド諸国を訪れた旅人を獲物にし、殺害するという酷い犯行に手を染めた。旅人の失踪件数が増える事により、彼らの犯罪司式の存在はやっと19世紀の英国の耳に届いた。
時を同じくしてインドで大量の死体を埋めた墓が多数発見された。それぞれの墓は左右対称に置いてあり、土葬の方法も全く同じであった。ヨーロッパでの犯罪の多くが金銭的目的であるのに対し、タギーは宗教的理由から殺害を行っていた。彼らはヒンドゥー教の死の女神「カーリー」への供物として殺害を行っていたのだ。