ろくでなし子×架神恭介スペシャル対談「女性器と仏教の類似性について」 (4/4ページ)

デイリーニュースオンライン

啓蒙活動ではない!

──例えばですが……。僕はバトル小説なども書くのですが、巨大な女性が敵を次々とまん中の中に収納していって戦う話なども書くんです。でも、本当にまん中を肉体の一部として認識してしまうと、「ああ、まん中? 穴が空いてるからそりゃ入るよね、物理的に」となってしまって、そういった表現からパワーが奪われてしまう。ろくでなし子さんの主張されるように、皆がまん中を単なる肉体の一部と認識するようになるとそうなってしまうのですが、この点はどうお考えですか?

ろくでなし子「うーん……。皆が思うようになる、っていうのがちょっと違うかな? 私が一番言いたいのは、『こんなことで逮捕するのはおかしい』ってことなんです。色んな人の色んな考えがあるのは当然で、まん中が見たくない人は見なきゃいいし、●●●って言えない女性がいることも分かるし、そっちは否定しないんですよ。私は手足と同じ感覚で、それがなんでダメなんだって言ってるだけなんで、『全員が私と同じ通りに思え』なんて思ってないわけです」

──えっ、そうだったんですか!? 社会がみんな、まん中が手足と同じ感覚になって欲しい、と思ってるわけではないんですか??

ろくでなし子「ない、ない。私の主張を過大に捉えすぎていて、『俺達のまん中ワッショイ権利を侵害している!』みたいに思われるのは本当に心外です。私はこう思うけどあなたはそれでいいんじゃないですか、でいいんじゃないかって。逮捕されちゃったから、こんなに大事になっちゃったんですけど、私は最初からずっとそう言ってるんです」

──僕も誤解していました。ろくでなし子さんは世の中のまん中の認識を改めるべく啓蒙活動をしているのかと。では、今のまん中を崇め奉る風潮を、そこまで強く是正したいわけでもない?

ろくでなし子「それで楽になる人はいると思うんですよ。実際、●●●って言えるようになって、楽になりました、っていう女性もいるので」

──「秘所」が、気軽な「●●●」になることで、消費対象物としての「女性」から解放される、という感じですか。

ろくでなし子「楽になれる人がいるんなら、私みたいに言う人が一人いてもいいんじゃないの、って。全員をみんなそういうふうにしたいわけじゃないんですよ。是正っていうか、いったんちょっと考えてみようよ、っていう感じですかね。あなたの思い込みをちょっと考えてみようか、っていう。アートってそういうものだと思うんですよ。価値基準みたいなのを考えさせるもの。だから、『問題提起』ですね。フェミニスト活動みたいに言われるのもちょっと違うと思ってて、フェミの人たちは啓蒙したいじゃないですか。私、啓蒙したいわけでもないんですよ。問題提起なんです」

──僕は仏教に対しては、やや啓蒙寄りではあります。先程の質問ですけれど、僕も同じことなんですよね。『孔雀王』という漫画をご存じですか? 真言宗の密教僧が手からビームを出して戦う漫画で、やっぱり仏教的にはありえないんですけど、あのケレン味は仏教へのよく分からない尊敬と呪いにより成立してるんです。僕の言うように、仏教を無闇に崇め奉らない世界になったら『孔雀王』はどうすんの?って言われたら、僕も困っちゃう。

ろくでなし子「そうそう、それなんですよ。その作品の事自体は否定しないんですよね」

──いやー、お互い困った立場ですね(笑)

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 まん中を「手足と同じ」と語るろくでなし子さん。しかし、この記事でも実際に、「まん中」「●●●」などと書かざるを得ない現実があります。その議論を扱ったテキストにおいてすら表記が不可能ということからも、ろくでなし子さんの問題提起の重要性を感じます。議論をしようにも、議論のための言葉がそもそも使えないという。

 語ることすら許されぬまん中は確かなパワーを持っており、ゆえに魅力的であり、ゆえに問題を孕んでいます。果たして僕たちはまん中に対して、どのように向き合うべきなのでしょうか。

著者プロフィール

作家

架神恭介

広島県出身。早稲田大学第一文学部卒業。『戦闘破壊学園ダンゲロス』で第3回講談社BOX新人賞を受賞し、小説家デビュー。漫画原作や動画制作、パンクロックなど多岐に活動。近著に『仁義なきキリスト教史』(筑摩書房)

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