鎌倉幕府三代執権・北条泰時の菩提寺の裏「粟船山」に伝わる悲しい伝説

Japaaan

鎌倉幕府三代執権・北条泰時の菩提寺の裏「粟船山」に伝わる悲しい伝説

先回ご紹介した常楽寺の裏にある粟船山には、木曽義仲の息子・木曽義高のものといわれている塚があります。 前回の記事 俺たちの泰時の面影が今も残る…鎌倉幕府三代執権・北条泰時の菩提寺「常楽寺」に行ってみた 元は常楽寺の数百メートルほど西南の田んぼの中にあり、里人は“木曽免(きそめん)”とよび、義高の塚だと伝えてきました。 木曽義高は、11歳から、鎌倉の源頼朝の元で父・義仲の人質として過ごしていましたが...

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