【山口組分裂騒動】6代目vs神戸は「どちらが勝っても暴力団に未来はない」(後編)

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写真は『山口組 分裂抗争の全内幕』表紙
写真は『山口組 分裂抗争の全内幕』表紙

 日本最大の広域暴力団・山口組が結成100周年という節目の年で起こした分裂騒動。12月13日には組の運営方針や人事が発表される「事始め」が執り行われ、大きな注目を集めたが、そこから透ける両団体の思惑とはいかなるものか──『山口組分裂抗争の全内幕』(宝島社)の共著者の1人であるジャーナリストの伊藤博敏氏に、前編に引き続き寄稿してもらった。

【山口組分裂騒動】「事始め」で示された指針…名古屋と神戸の思惑(前編)

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 山口組と神戸山口組の両組織は、小競り合いを繰り返しながらも、互いの命をやり取りする「ドンパチ」は、今のところ起こしていない。銃弾を発射、死者の出る抗争は、とても割に合わないからだ。

 第一に、刑がとてつもなく重くなってしまった。拳銃は所有しているだけで4~5年の刑で、発射すればその倍の懲役刑が待ち受ける。殺してしまえば、無期は確実で共犯、教唆と見なされれば、15年、20年の刑を覚悟しなければならない。

 かつてなら、法廷闘争はもちろん服役中の家族の面倒を見て、長期刑を終えれば、やくざとしてのハクがつくのはもちろん、それなりのポストで遇され、まとまったカネも手に入れることができた。

 だが、今はそんな面倒見のいい時代ではないうえ、暴力団社会が5年後はともかく、10年後、20年後に残っているとは思えないし、そんな環境のなかで、若い衆に襲撃はなかなか命じられない。

直参なら数十億、執行部なら数百億円の資産を築けた

 それに、組長に降りかかる使用者責任である。度重なる暴力団対策法等の改正で、民事でも刑事でも、広域暴力団の組員が事件を起こせば、窃盗傷害から殺人に至るまで、トップである組長の責任として、組長に駆け上がることができるようになった。

 神戸山口組の井上組長は48年生まれの67歳、司6代目は42年生まれの73歳。井上組長で17年、司6代目で13年と6年の19年の懲役を経験。両組長とも、その年で刑務所暮らしは辛い。

 もちろん最終的に、暴力団は力の行使で決着をつける集団であり、配下が暴走する危険性は常に秘める。両組長ともそれは覚悟しているだろうが、つまらないケンカは避けたい。「とにかく自重しろ。騒ぎは起こすな」というのが基本姿勢だ。

 分裂騒動を通して、国民の前に改めて示したのは、暴力団が依って立つ基盤を失っていることだった。

 暴力団を取り締まる法整備が進み、行政や企業社会がコンプライアンスを強く意識することによって、暴力団は経済基盤と生存基盤の双方を失っている。要は食えない。

 暴力団の主なしのぎは、金融、不動産、土建、興行、人材派遣、解体、産業廃棄物、会社整理、債権回収、縄張り内のトラブル処理といった正業に近いものから、賭博、薬物、売春、裏カジノ、振り込め詐欺、みかじめ料の徴収といった非合法に至るまで、実に幅広い。しかも、暴力装置を道具に表と裏を行き交うから暴力団の凄みがあり、法整備が整わず、コンプラ意識の希薄なバブル期まではみんな面白いように儲かった。

 おそらく山口組の直参なら資産数十億円、執行部なら数百億円は、優に稼げただろう。だから幹部組員はいい思いができたし、志望者は後を経たなかった。そして、暴力団個々に強さは必要だが、最後にモノを言うのは「代紋の力」であり、山口組が全暴力団構成員の半分近くを占めるようになったのは、みんなが「山菱」の代紋を恐れたからである。

 しかし、今は逆である。代紋が重荷になってむしろ食えない。暴力団構成員は、家を借りられず、銀行口座を持てず、企業の役員になるのは許されず、それどころか、親しいと認定されるだけで、当該の企業は役所の入札から締め出され、大企業や銀行との取引に支障をきたす始末である。

 要は「人でなし」である。だから、年に1割の割合で暴力団構成員は減少しており、5万人を切るのは時間の問題。今、なんとかシノギを確保しているのは、かつての人間関係で企業社会とのパイプを維持しているところか、クスリや振り込め詐欺といった非合法を厭わない組織である。

 実は、6代目山口組の統治システムは、国家が暴力団を締め付ける状況のなかでは、かなり優れた部類に入ると言われている。

 徹底しているのは情報管理。情報の収集は、対立組織に対しても、組織内においても徹底的に行われ、外部に対しては先制攻撃の道具となり、内部に対しては執行部批判のような動きがあれば、事前に察知して叩き潰す。

 また、忠誠心をカネの供出と本部への精勤で見極めるため、出世のために直参の幹部で115万円といわれる上納金を支払うだけでなく、盆暮や誕生日に、司6代目に少なくない金額の特別会費を支払い、ウィークデーはなるべく神戸の本部に詰める。

 最も評判の悪かったのは、ミネラルウォーターやシャンプー石鹸といった日用雑貨品の強制販売。「俺たちは雑貨屋の親父じゃない」と、不満をもらす直参がいれば、「執行部を批判するのか」と、責めた。山健組のような大きな所帯だと、水だけで月に100万円以上に達し、その負担は重く、ピンはねする弘道会への不満はつのった。

どちらが勝とうと暴力団には将来がない

 そのうえに、7代目が高山若頭、8代目が竹内若頭補佐と、既に、当代を弘道会で回していくのが確実視されるような弘道会重視の人事への反発である。

「優れた統治システム」は、人もカネも弘道会が握ることによって成り立っており、発祥の地である神戸に本拠を置く山健組など神戸山口組の主要メンバーは、とても容認できなかった。

 だが、それでも10年は耐えたのである。

 司6代目が、5代目を引退に追い込み、6代目を襲名したのは05年7月だった。銃刀法違反で下獄するのが既に決まっていた司6代目は、留守を髙山若頭に託す。

 その3か月前に直参になったばかりの髙山若頭は、舐められてはダメだと、「弘道会システム」を厳格に機能させ、それは多くの直参を息苦しくさせた。それでも我慢したのは、「親の言葉絶対で、親を裏切る『逆縁』や『逆盃』はあってはならないこと」

 という暴力団社会の約束事だったからだ。

 一般社会からドロップアウトしたアウトローたちが、長く、社会の一隅でポジション取りをすることができたのは、盃事を通した疑似的な「親子」「兄弟」を絆とし、価値基準とする集団になることで、ある種の秩序を保持していたからだ。「堅気には手を出さない」という約束事もそこには含まれた。

 だが、シノギはもちろん存在価値すら認められない暴対法、暴排条例の環境のなかで、暴力団の秩序も揺らぎつつある。

「親を裏切った」と「逆縁」を批判された神戸山口組だが、今、山口組のなかは、「親」が6代目山口組に残り、若頭以下の「子」が神戸山口組に移籍、あるいはその逆に、神戸山口組の傘下の組から「子」が抜け出すなど、乱れ切っている。

 従って、同じ山口組を名乗り、同じ山菱の代紋を使い、どちらも正当性を主張するが、今回の分裂は、どちらが「正しく」どちらが「勝利する」という問題ではなくなっている。どちらが勝とうと、暴力団に将来がないとことは確実であり、双方、互いの意地と生き様をかけた争いになっているのだ。

(取材・文/伊藤博敏)

伊藤博敏
ジャーナリスト。1955年福岡県生まれ。東洋大学文学部哲学科卒業。編集プロダクション勤務を経て、1984年よりフリーに。経済事件などの圧倒的な取材力では定評がある。近著に『山口組 分裂抗争の全内幕』(宝島社)。『黒幕』(小学館)、『「欲望資本主義」に憑かれた男たち 「モラルなき利益至上主義」に蝕まれる日本』(講談社)、『許永中「追跡15年」全データ』(小学館)、『鳩山一族 誰も書かなかったその内幕』(彩図社)など著書多数
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