セコさの原点は幼少期にあり?舛添要一”極貧”の北九州時代

デイリーニュースオンライン

東京都/知事の部屋より
東京都/知事の部屋より

 スキャンダルにまみれた「都政の長」がついに観念した。6月15日、電撃的に辞任の意向を示した舛添要一・東京都都知事(67)。総額2億円超の海外出張、公用車での別荘通い、そして過去の政治資金の不適切な支出……連日のように新たな疑惑が噴出するなか、自身の支持基盤だった自民党都連が不信任案の提出を決めたことで続投を断念した格好だ。

 舛添氏にまつわる一連の醜聞で特に注目を浴びたのが、そのセコさ加減だろう。回転寿し店での飲食代や、家族との正月旅行の代金を政治資金で処理するなど、1300万人の都民のトップに立つ者とは思えぬケチケチぶりは世間を唖然とさせた。

 それとともに舛添氏がマスコミによるバッシングや都議会の厳しい追及を前にしてみせた粘り腰にも注目が集まった。

「舛添氏は官邸からも見切りをつけられ、孤立無援の状態にあった。あれだけ連日マスコミに責められて火ダルマになっていれば、常人の神経ではもたない。進退窮まるギリギリまで粘った点には永田町からも『すごい精神力だ』と感嘆の声さえ上がった」(全国紙政治部記者)

 一部では、包囲網が狭まる中でみせた強靭なメンタルと、舛添氏が過去に明かしていた少年時代の壮絶体験との関連も指摘されている。

■鉄クズの町から叩き上がった自負

 注目発言が掲載されているのは、朝日新聞社が発行する週刊誌『アエラ』1990年6月5日号だ。ノンフィクションの手法と本人へのインタビューを織り交ぜて描く同誌の名物記事「現代の肖像」に舛添氏が登場。故郷・北九州市八幡東区(旧・八幡市)での少年時代について、旧友らがこんな証言をしているのだ。

「舛添は八百屋の息子だよ。(中略)他人の土間先借りて野菜をパラパラッと並べたようなヤサイヤだった。貧乏? あいつが子供の頃、ポケットから金出して何か買ったの見たことないね」
「バラック小屋で勉強部屋もないような家でしたからね。教科書代もない。妹や要一は、夜遅くまで野菜のリヤカー引いて」

 さらに、舛添氏自身もインタビューでこう明かしている。

「八幡なんて、なんにもない町だ。鉄クズだけだ。そこで何か生み出すってったら、ココだ、頭使うしかなかったんだ。俺はそれやったもん、一生懸命」

 舛添氏は、5人兄弟の長男として生まれたが、幼少期に生家は没落。貧しさの中で育ちながらも、苦労して東大にまで進んだ。

「舛添バッシング」の真っ最中には、舛添氏の地元・北九州を取材した某ワイドショーが、「汲み取り式の便所に落ちたお札を拾った」という舛添氏の少年時代の極貧エピソードを紹介している。

 舛添氏は、貧困というハンデを跳ね返して都知事という地位にまで上り詰めたわけだ。その経験が生み出した強烈なプライドが、驚異の粘り腰に結びついたのだろうか。

文・佐々木浩司(ささき・こうじ)
※1980年群馬県生まれ。スポーツ誌の契約記者を経てフリーに。現在は主に、週刊誌やビジネス誌で活動中。得意分野は芸能、プロ野球、サッカーなど。主な著書に『洗脳のすべて』(宝島社)など。
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