奇跡や希望、復興、力強さ、粘り強さなどを象徴する陸前高田市の一本松 (1/4ページ)

心に残る家族葬

奇跡や希望、復興、力強さ、粘り強さなどを象徴する陸前高田市の一本松

2011(平成23)年3月11日に起こった東日本大震災での地震や津波によって、陸前高田市気仙町の7万本にも及ぶ高田松原(たかたまつばら)の松は海に流されてしまった。しかしただ1本だけ、残った。その「奇跡の一本松」に多くの人々が驚嘆し、その力強さに勇気づけられたはずである。

■松には古くから神秘や奇跡の願いを込める習慣があった

しかしその後、2012年(平成24)5月に、夏の酷暑や地盤沈下による海水の影響を受けたことなどから、その松が壊死していたということが明らかになった。陸前高田市はその松を捨て去ることなく、復興のシンボルとして「復元」することを決めた。「奇跡の一本松プロジェクト」が組まれ、後世に受け継いで行くため、世界中から集められた「奇跡の一本松保存募金」から1億円以上をかけて、モニュメントとして保存整備することとなった。

その決断の是非はともかく、日本人は古くから、「松」に神秘や奇跡の願いを込める習慣があったようである。

■松という名前の由来は?

松は言うまでもなく、常緑樹だ。日本の松では、クロマツとアカマツが身近に見られる。クロマツは東北地方〜九州にかけての海岸線に自生している。また、庭木や盆栽としても栽培されている。樹皮が黒褐色で「男性的」に見えるため、雄松(オマツ)とも呼ばれている。一方のアカマツは北海道南部〜九州までの内陸部・山地に自生する。樹皮が赤褐色で「女性的」であるため、雌松(メマツ)の名もある。

松が「マツ」と呼ばれているのは、もともと神の来臨を「待つ」木であると捉えられていたことからきているという説がある。それは、常に緑の葉を保ち、雄々しく天高く生え、なおかつ大地にしっかり根を張っていることから、古代から日本においては、「神の依代(よりしろ)」の木と見なされていたことを根拠としている。依代とは、神と人間を結ぶ媒体のことだ。当時の祭祀の本来の意味/意義は、神霊を呼び迎えて、これに献供(けんく)して侍り、慰め、和ましめ、神人和合の実をあげることだと捉えられていた。その際、神霊は人間の目の前に直接姿を見せることはない。常に何らかの依代を通して、人間世界に来臨すると信じられていた。

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