【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第7話 (5/6ページ)
ほら、弁慶の右手首にゃ白い数珠が掛かってるだろ」
「本当に・・・・・・」
画像:国芳「平知盛亡霊と弁慶(部分)」ボストン美術館蔵
みつはまじまじと絵を眺めた後、くすくす笑い出した。
「国芳はんの語り口があんまり熱っぽくて、なんだかこの絵の場面を本当に見てきたみたいだった」
「あ、アハハ」
国芳は照れて頭を掻いた。
「わっちゃアこの手の怪奇話ア好きでな。描いた時を思い出すなア。わっちみてえな下っ端の事ア誰も手伝っちゃくれねえから、色指定(いろざし)も全部わっちがやったんでエ」
「色指定はふつう自分でやんないの?」
「テメエでやるのが一番良いが、仕事の多い兄さんたちは画稿をこなすのが精一杯だからな。着物の細かい柄や色指定はけっこうわっちら下っ端に任せッきりだぜ。アア、でも国貞の兄さんだけは別だ。あの人アこだわりが強くて着物の細かい柄も色指定もほとんど自分で考えらア」
「国貞はんって、江戸町の松葉屋さんのご贔屓の。・・・・・・」
「そう、その国貞。」
兄弟子であり大人気絵師の歌川国貞は、江戸町一丁目の松葉屋など吉原遊廓有数の大見世の花魁の絵を描く。国貞の美人画は江戸で一番売れていると言っても過言ではない。描かれた女郎は評判が上がるので、気難しい花魁ですら国貞に描いてほしいと頼み込むほどなのである。
「あの人が、国芳はんの兄弟子なの?」
「これでも天下の歌川豊国門下だからな。工房に行きゃア他にも名の知れた絵師がわんさと居らア」
まあ、わっちみてえな例外もいるけどな、と国芳は付け加えて羞ずかしそうに笑った。