愛しい人の遺体を撮影する記念写真 「ポストモーテム・フォトグラフィー」

心に残る家族葬

愛しい人の遺体を撮影する記念写真 「ポストモーテム・フォトグラフィー」

ニコール・キッドマンが主演のスリラー映画『アザーズ』。幽霊屋敷モノであるこの映画の中には、さまざまな遺体の写真を収めたアルバムが登場する。遺体の写真を収めたアルバムと言うと、現代人の感覚では、とんでもなく不敬でグロテスクな物のように思ってしまうが、それらは本来、死者に対する不敬な気持ちやグロテスクな興味のために撮影されたものではない。ポストモーテム・フォトグラフィーと呼ばれるこれらの写真にはひたすらに純粋で静謐な悲しみが満ちているのだ。

■遺族の思いが生んだ遺体写真の流行

殺人事件の現場写真でもない限り、遺体の写真を撮影するのは死者に対して大変不敬な事のように思われる。だが、かつて遺体の写真を撮影する事が大流行した時代がある。それは19世紀半ばのヨーロッパだ。

この頃、それまで大変高価で上流階級の人々しか行えなかった写真撮影というものが、やはり高価ながらも、やっとのことで庶民の手に届く値段になってきていた。そこで庶民が写真家たちに依頼したのが遺体写真である。当時、ヨーロッパの人々の平均寿命は40歳程度だった。特に乳幼児の死亡率は非常に高く、愛する我が子との死別を何度も体験する母親も少なくなかった。愛する人の在りし日の姿を少しでも長く留めておきたい。遺族のそんな切なる思いが、遺体写真の流行を生んだ。

■身動きしない遺体は被写体として最適だった

遺体写真の撮影は写真家たちにもメリットの多いものだった。何しろこの頃の写真撮影と言えば、露光時間非常に長く、最低でも数十分以上かかった。それだけの長い時間、身動きを禁じられるのは生きている被写体にとっては大変つらい。写真家たちは写真の被写体になっている人々をなだめたりすかしたりしながら機嫌を取らなくてはならなかった。それに比べ、身動きしない遺体を撮影するポストモーテム・フォトグラフィーはとても楽な仕事だった。

当然ながら遺族たちは、少しでも元気な姿の写真を残す事を望んだ。そのために遺体はドールスタンドで足を固定されて体を固定されたり、テープを使って無理やり目を開けられたりする事になった。
そういった苦心が実を結び、遺体に見えないような自然で美しい写真も存在する。だが結局、結果的に生気のない写真になってしまう場合が多かったようだ。

■やはり不気味かもしれないが…

やがて写真技術が向上し、撮影が安価で簡単にできるようになるにつれ、ポストモーテム・フォトグラフィーの流行は廃れていった。

今になってみれば、欧米の人々にとってすらポストモーテム・フォトグラフィーのアルバムは不気味な物であり、第二次世界大戦終結直後を舞台とした映画『アザーズ』の中でも不気味なものとして扱われている。

だがどんなに不気味に見える写真であっても、ポストモーテム・フォトグラフィーには死者を悼む遺族の悲痛な思いが秘められているのである。

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