総資産70億円!54歳でクーデター成功?ハンパない日本三大悪女「日野富子」その3

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総資産70億円!54歳でクーデター成功?ハンパない日本三大悪女「日野富子」その3

室町幕府第8代将軍・足利義政の正室、日野富子(ひのとみこ)。日本三大悪女に数えられる富子は、如何にして日本史を代表する悪女となったのか。前回に引き続き、その生涯を追っていきましょう。

これまでの記事はこちら

息子の死で側室を全員追放!日本三大悪女のひとり「日野富子」とは?その1

応仁の乱の原因はこの人の野望!?日本三大悪女のひとり「日野富子」とは?その2

お金貯金しまくりな富子

実は富子が悪女と呼ばれた理由は、まだあります。それは巨額の貯金をこしらえたという事でした。え?散財じゃなくて、貯金したならいいじゃない。と思いますよね、そうではないのです。

当時は長きにわたる応仁の乱で庶民は家や財産を失い、貧困に苦しんでいました。そういう民の声を無視して、富子は私腹を肥やしまくっていたのです。

その額なんと約70億円!!

関所の税までを私的に貯蓄しまくった富子の事を庶民は憎み、「悪女」「守銭奴」呼ばわりしていました。

夫と息子に先立たれ…。

やがて民衆の怒りは爆発し、一揆を起こして関所を破壊しました。富子は世の中の嫌われ者になってしまったのです。あれだけ溺愛した息子の義尚も、長じるにつれ母親の富子をうざったがるようになり、家出してしまった上に酒に溺れるようになってしまいました。

足利義尚像(日野富子の長男)Wikipediaより

そして延徳元年(1489年)、義尚は25歳の若さで夭折。意気消沈する富子に追い打ちをかけるように、翌年正月には夫の義政が死去してしまいます。

クーデターまで起こした晩年

さぞ落ち込むかと思えば、彼女の人生はここからがまた大騒動。次の10代将軍になんとあれだけ対立した義視の息子、義材を推して将軍職に就けます。これは義視のためではなく、富子の妹が義視の妻であり、義材の母だったためです。あくまで身内びいき!

しかしそれだけにとどまりません。

義視が死に、義材が富子の事を疎んじ始めると(富子は口うるさいのでいつも疎んじられる)、細川政元という武将と手を組んでクーデターを起こして義材を追いやり、代わって足利義澄を11代将軍に就けました。

富子さん勝負運強すぎ!

ようやくほっとしたのか、富子はその3年後、明応5年(1496年)に 57 歳で生涯に幕を閉じました。

いろんな悪女エピソードはありますが、振り返ればすべて身内と自分の身を守るためにまっしぐらな人生でした。彼女にもう少し広く世間に目を向ける視野があれば、「悪女」ではなく敏腕政治家として名を残したかもしれません。

日野 富子

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