平安最強!謎の黒づくめ集団を率いた平致経の要人警護が京都で話題に【上編】 (1/3ページ)
古今東西、夜道は危険が多いもの。そこで、かつて平安の貴族たちは兵(つわもの。強者)たちを雇って侍(さぶら)わせ、身辺を警護させたものでした。
それは同時に兵としても食い扶持の確保はもちろん、出世の手がかりにもなるWin-Winの関係でしたが、雇う兵の腕前は、時として生死を分けることもあります。
今回は平安京でも最強クラスであろう、とある用心棒のエピソードを紹介したいと思います。
深夜の急報、いざ三井寺へ今は昔、三井寺(園城寺、現:滋賀県大津市)の明尊僧都(みょうそん そうず)という高僧が、ご祈祷のため平安京にある関白・藤原頼通(ふじわらの よりみち)の館に滞在していた時のこと。
ある日の夜中、三井寺より遣いが来て、よんどころない事情によって大至急帰らねばならなくなってしまいました。
「あぁ、この夜道を行かねばならぬとは、難儀なことじゃ……」
夜間の治安などなきに等しい中世日本の平安時代、丸腰で出歩くなど命の危険さえ伴うリスクの大きなものでした。
しかし、行かねばならぬ以上は覚悟を決めて、明尊は頼通に暇乞いを申し出ます。
「これこれしかじかの事情にて、お暇を賜りたく……」
明尊の事情を聞いた頼通はこの申し出を快諾。