松田聖子と神田沙也加“音信不通5年”「母娘憎悪の真相」!
12月4日、歌手で女優の神田沙也加(33)が、俳優の村田充(42)と、今年の夏に離婚していたことを明らかにした。
神田と村田は2017年4月に結婚。しかし、今年の夏頃には夫婦関係にヒビが入り、10月頃には別居。神田は7月の舞台『SHOW BOY』で共演した、ジャニーズJr.の秋山大河(27)と親交を深め、秋山のマンションに頻繁に通う姿を、12月5日発売の『女性セブン』(小学館)が報じている。
また、12月12日発売の『週刊文春』(文藝春秋)によると、沙也加と母親の松田聖子(57)は、5年にわたって“音信不通”状態にあり、直接、連絡が取れないという。
母娘がそんな状態に陥った理由は、聖子と沙也加の所属事務所を巡るトラブル。2011年の『NHK紅白歌合戦』では母娘共演を果たすが、2014年に両者の間でトラブルが勃発したという。
「『週刊文春』によると、沙也加とともに所属していた個人事務所を、聖子が飛び出して、元マネジャーと新会社を設立したといいます。個人事務所は、1989年に聖子が当時の大手芸能プロから独立した際に立ち上げて、亡くなった聖子の父親が社長を務めるなど、家族で切り盛りしてきた会社。そこを当人が飛び出してしまった。
さらに2017年には、沙也加サイドに聖子から“事務所の名前を使わないで”とクレームが入ったため、沙也加サイドはやむなく新事務所を設立したといいます。2017年といえば、沙也加が村田と結婚式を挙げたのと同時期で、クレームは結婚に反対する聖子の“横槍”だと『週刊文春』では報じていますが、これだけに限らず、聖子・沙也加母娘のいさかいは、長年にわたって続いているんです」(芸能記者)
■110番通報されるほどの母娘ケンカ
2004年には、当時のSAYAKAこと神田沙也加と松田聖子が、物を投げ合う大ゲンカに発展。ガラスが割れ、怒鳴り声が飛び交うという、あまりの激しさに、近所の住人が通報し、警官が駆けつける騒ぎになったと『女性セブン』(小学館)をはじめ、さまざまな週刊誌が報じている。
ケンカの原因は、沙也加が当時交際していた12歳年上のギタリストとともにアメリカで活動したいと聖子に申し出たところ、猛反対されたことだという。
「日本にいると聖子が何かと介入してくることにも嫌気がさし、沙也加はアメリカに“駆け落ち”したいと思うようになったと『女性セブン』では報じています。ケンカの中で、沙也加は“ママは世界一最低”と捨て台詞を吐いて、2人は決別したといいます」(前出の芸能記者)
沙也加は大ゲンカ後、家を飛び出し1人暮らしをしていたが、当時の恋人とは破局し、仕送りを止められ、生活に困っていたため、2006年2月には聖子に謝り、実家に戻ったと2008年3月の『週刊現代』(講談社)では報じている。
「当時2人が壮絶な大ゲンカを繰り広げたのは、さんざん聖子に振り回され続けた沙也加の鬱憤が爆発したからでしょう。沙也加は小学校卒業後、エスカレーター式の私立中学への進学が決まっていたのですが、入学ギリギリになって、聖子が歯科医と結婚し、ハリウッド映画に出演するため渡米したことで、生活環境が一変。当時の学校では壮絶なイジメに遭い、以降も4度の転校を繰り返したそうです」(前同)
2015年に沙也加が上梓したスタイルブック『Dolly girl』(宝島社)では、自身の半生を6ページにわたってつづっており、父・神田正輝(68)とのツーショットも掲載されているが、母・聖子の写真は1枚も使われていない。
「聖子は、沙也加が12歳年上のギタリストと交際することに反対していました。一方、沙也加は母親がこれまで、数々のスキャンダルが報じられてきたことを知っている。自由奔放に恋愛を楽しむ母親に、自身の恋愛や行動を制限されることにかなり反発していたそうです。先日、離婚を発表した村田との結婚にも聖子は反対していたといいます。12月9日発売の『週刊ポスト』(小学館)では、沙也加が結婚発表後、父親の神田正輝と村田とのスリーショットをインスタグラムに投稿しましたが、聖子はコメントも出さず、結婚式にも参加しなかったと伝えています。
今回の『週刊文春』で報じられた、“事務所の名前を使わないで”という聖子サイドからのクレームは、奇しくも沙也加が結婚した2017年のこと。10代のデビュー当時ならまだしも、30代を超え、独り立ちしている沙也加の恋愛や結婚に対しても干渉してくる母・聖子との関係を断ちたくなる、沙也加の気持ちも理解はできますよね」(前同)
今回離婚を発表した沙也加と聖子が、再びコンタクトを取ることはあるのだろうか――?