大悪天皇と呼ばれた「雄略天皇」の残虐ぶりがすさまじい。両目が飛び出るほどの恐怖… (1/2ページ)
第21代天皇・雄略天皇(ゆうりゃく てんのう)は、「大悪天皇(はなはだあしき てんのう)」と呼ばれるほど残虐な天皇だったと伝わっています。その人となりは、「自分の心だけに従って、間違えて人を殺していた」と日本書紀に書かれるくらいなので、かなりヒドかったのでしょう。
記紀が伝える雄略天皇の残虐ぶり初期のころの天皇は、その実在性が定かではありません。しかし、雄略天皇は「倭の五王」の一人だという説があることから、実在していた天皇ではないかとされています。※「倭の五王」とは、中国史書に記された倭国の五人の王を指す
日本書紀には、「天皇は自分の心が正しいとしており、誤りで人を殺すことが多く、天下の人々は誹謗して「大悪天皇」と言っていた」とあります。
天皇、以心爲師、誤殺人衆、天下誹謗言「太惡天皇也。」
※日本書紀より
先代の安康天皇(あんこう てんのう)が後継者を決めずに亡くなったことで、後継者争いが起こります。野心に燃える雄略天皇は、同母兄の八釣白彦皇子(やつりのしろひこのみこ)を生き埋めにして殺害。
しかも、立ったままの八釣白彦皇子を埋めていくと、腰まで埋まったところで両目が飛び出て死んでしまったと古事記が伝えているのです。
掘穴而隨立埋者、至埋腰時、兩目走拔而死。