まさに江戸時代版ロックダウン…文政コレラを収束させた幕府の水際対策は「箱根関所封鎖」だった! (1/6ページ)

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まさに江戸時代版ロックダウン…文政コレラを収束させた幕府の水際対策は「箱根関所封鎖」だった!

江戸時代、二度にわたって流行したコレラは、元々、インドのベンガル地方の風土病でした。この感染症のパンデミックを引き起こす要因となったのは、19世紀頃からアジアの植民地化が進み、人や物の往来が盛んになったことが指摘されています。

意識障害、狂躁状態…日本の歴史でも影響を与えた感染症・コレラ、チフスとはどんな病気だった?

1817年頃から、西はヨーロッパ、アフリカ、東はアジア全土へと広がっていきました。

コレラ退治 国立国会図書館蔵

文政5年8月 日本でコレラ確認

コレラが日本で初めて確認されたのが、文政5年(1822)8月。朝鮮半島から対馬を経由し下関へ上陸し、ほどなく萩城下で猛威を振るいました。

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