心中して生き残っても「死刑」又は「晒し刑」…厳しい処罰が科せられた江戸時代の心中事情 (1/3ページ)

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心中して生き残っても「死刑」又は「晒し刑」…厳しい処罰が科せられた江戸時代の心中事情

江戸時代はさまざまなものが流行した時代でもあります。明るい話題ではありませんが、実は「心中」も江戸時代に流行したもののひとつです。

そこで今回の記事では、江戸時代の心中について、その取り締まりや裁判などを取り上げてみたいと思います。

江戸時代の三大心中とは?

江戸時代は心中が流行しましたが、その契機となったのは、後世で「三大心中」と呼ばれる大きな心中事件でした。1つめは、元禄16年(1703)の曾根崎心中です。これは、大阪堂島新地天満屋の女郎はつ(21歳)と醤油商の徳兵衛(25歳)が曽根崎村の露天神社で心中した事件です。

2つめは享保5年(1720)の心中天網島。女郎の小春と大坂天満の紙屋治兵衛の心中です。そして3つめが天明5年(1785年)の藤枝心中です。これは、遊女綾絹と旗本の藤枝外記との心中です。

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