元は公家出身のヤンチャ小僧!最後の元老・西園寺公望はどのような政治家だったのか?【中編】 (4/4ページ)

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外交面では、日仏協約・日露協約を結び、第三次日韓協約で朝鮮の内政権を獲得しています。こうして西園寺は、本格的な政党政治へ着実に日本の政治を進めていきました。

西園寺は、日露戦争の後始末として、その後の外交を的確に展開させたと言えます。また伊藤博文から原敬への橋渡しも上手に行いました。

伊藤博文や西園寺公望が奉られている七賢堂

ただ政界工作はほとんど原敬に任せきりで、その政見は漠然としており受け身なところがあったようです。

社会主義思想の規制を緩和するなど、フランスで自由主義を学んだ西園寺ならではのリベラルなやり方は西園寺に独特のものですが、新しい政策を次々に生み出していくエネルギッシュさは、桂太郎の方が突出していたと言えるでしょう。

参考資料
八幡和郎『歴代総理の通信簿』2006年、PHP新書
宇治敏彦/編『首相列伝』2001年、東京書籍
サプライズBOOK『総理大臣全62人の評価と功績』2020年

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