暗殺が横行した江戸時代の幕末に「尊王攘夷派の四大人斬り」と呼ばれた暗殺者たちの末路【後編】 (1/4ページ)

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暗殺が横行した江戸時代の幕末に「尊王攘夷派の四大人斬り」と呼ばれた暗殺者たちの末路【後編】

前編では幕末の四大人斬りのうちの二人「天誅」の先駆け田中新兵衛、『るろうに剣心』緋村剣心のモデルになった河上彦斎を紹介しました。

前編の記事

暗殺が横行した江戸時代の幕末に「尊王攘夷派の四大人斬り」と呼ばれた暗殺者たちの末路【前編】

後編では残りの二人、「人斬り以蔵」こと岡田以蔵と薩摩の西郷の右腕「人斬り半次郎」こと中村半次郎について紹介します。

幕末の四大人斬り

3 岡田以蔵(おかだいぞう)

土佐藩郷士の岡田以蔵は、武市半平太(瑞山)に師事し、剣術を学びました。やがて、その武市が作った土佐勤皇党に加入し、それが人斬りの始まりでした。
武市らとともに上洛し、土佐勤皇党の志士として武市の命を受け、井上佐市郎(土佐藩下目付)を同士とともに暗殺。その後は武市の指示の下暗殺を繰り返していきます。すべては土佐勤皇党のため、武市の恩に報いるためでした。単独で行うことはなく、集団による暗殺でした。田中新兵衛らとともに行うこともありました。

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