伊藤忠も導入した朝方勤務制度、経済効果の意外な盲点とは?

デイリーニュースオンライン

kadokura_01_R.jpg

 日本ではビジネスパーソンの長時間労働が常態化しており、有給休暇の取得率も他の先進国と比べて著しく低い。たとえば、オンライン旅行会社『エクスペディア』が世界24カ国のビジネスパーソンを対象に実施したアンケート調査によると、2013年の有給休暇取得率(有休取得日数を支給日数で割った数値)のランキングで、日本は6年連続のワースト1位を記録してしまった(有給休暇取得率は39%)。

 こうした長時間労働の問題を解決するのに有効な手段として、いま世間の注目を浴びているのが朝型勤務制度の導入だ。

 9月17日、一部メディアは、政府が朝型勤務を普及させることを目的に「労働時間等設定改善法」の指針を改定する方針と報じた。具体的には、一定時刻を過ぎてからの残業を禁止し、その日に終わらなかった仕事は翌日の早朝にまわす朝型勤務を推奨することを検討中という。

 朝型勤務制度が残業の減少と仕事の効率化につながることは、既に朝型勤務制度を導入している企業で実証済みだ。

 たとえば、大手商社の伊藤忠商事は、今年5月1日から朝型勤務制度を正式に導入した。

 新制度の内容は、午後8時以降の残業を原則禁止としたうえで(午後10時には完全に消灯)、午前5時から午前8時までの時間外手当の割増率を引き上げるというもの。

 同社が、昨年10月から半年間、国内の正社員約2600人を対象に朝型勤務制度を試験的に導入したところ、月平均の残業時間が前年比約8%も減少したという。夜の残業時間が減っても、一方で早朝の時間外勤務の人件費が膨らむため、会社全体としてコスト削減効果が現れるかどうかは事前には不透明であったが、実際には、試験導入期間の半年間で全体の時間外手当は減少し、コスト削減効果が見られた。これは、夜に残業するとだらだらして際限がなくなる傾向があるが、朝だと集中して仕事ができるので、業務の効率化が進んだためと考えられる。最近では、他社でも伊藤忠商事と同じ取り組みを始める企業が出てくるようになった。

みんなが「朝型」になれば意味なし

 では、政府が旗振り役となって朝型勤務制度の普及を推進し、多くの企業が朝型勤務制度を導入すれば、政府の目論見通りに日本全体で残業の減少と仕事の効率化(=労働生産性の上昇)が実現するのだろうか。

「朝型勤務制度導入により残業時間の減少と仕事の効率化が実現した企業が出ていることは事実だが、これを日本全体で普及させるとなれば話が変わってくるだろう」というのが私の個人的な意見だ。

 一部の企業で朝型勤務制度がうまく機能しているのは、それがまさに一部の企業にとどまっているからだ。ビジネスパーソンにとって早朝の仕事の効率が高まる最大の要因は、早朝の時間帯は夜と違って取引先から電話がかかってくることが少ないということがある。電話などの邪魔が入らないので仕事に集中して取り組めるのだ。

 仮に、日本のほとんどの企業が朝型勤務制度を導入し、早朝に仕事をすることがビジネスパーソンの間で習慣化すれば、早朝の時間帯も完全にビジネスタイムという認識になってしまい、取引先からの電話も頻繁にかかってくるようになるだろう。単に夜から朝に仕事の時間帯がシフトするだけとなり、早朝に仕事をすることのメリットがなくなってしまう。電車での通勤についても、早朝出社は「朝ラッシュ」に巻き込まれずに快適に通勤できるというメリットがあるが、多くの人が早朝に出社するようになれば、早朝の時間帯が「朝ラッシュ」になってしまう。

 朝型勤務制度の普及率引き上げについては、個別の企業の単位で見たときには合理的でうまく機能しても、世の中の企業のすべてが同じ行動をとってしまうと、かえって悪い状況をもたらすことになるかもしれない、いわゆる「合成の誤謬」が生じる可能性に十分な注意を払う必要があるだろう。

著者プロフィール

kadokura_profile.jpg

エコノミスト

門倉貴史

1971年、神奈川県横須賀市生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、銀行系シンクタンク、生保系シンクタンク主任エコノミストを経て、BRICs経済研究所代表に。雑誌・テレビなどメディア出演多数。『ホンマでっか!?』(CX系)でレギュラー評論家として人気を博している。近著に『出世はヨイショが9割』(朝日新聞出版)

公式サイト/門倉貴史のBRICs経済研究所

「伊藤忠も導入した朝方勤務制度、経済効果の意外な盲点とは?」のページです。デイリーニュースオンラインは、ビジネス経済連載などの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る