仁川アジア大会から北朝鮮「美女軍団」が消えた深い意味
しとやかな朝鮮女性が姿を消した
現在、仁川で開催されている「第17回仁川アジア競技大会」。当初、参加すると思われていた北朝鮮の選りすぐりの美女を集めた応援団、通称「美女軍団」は派遣されなかった。表向きの理由は、滞在費用などで折り合いがつかなかったと伝えられいるが、融和姿勢を見せない韓国に対する北朝鮮側の講義、すなわち政治的な理由が考えられる。
美女軍団が初登場した2002年、彼女たちは韓国で熱狂的に受け入れられた。美女軍団を語るほとんどの男性達の目尻はさがり、鼻の下はのびた。挙げ句の果てに、一眼レフカメラとリュックを背負った「美女軍団追っかけ激写男性」まで登場し、その熱狂ぶりは連日連夜マスコミで報道された。
おそらく、韓国人男性は現代の韓国女性から失われた「しとやかな朝鮮女性」の姿を美女軍団に重ね合わせたのかもしれない。最近の韓国社会はアジュンマ(おばさん)パワーに代表されるように、女性の立場はそれなりに強くなっている。
韓流ドラマでよく見られる「チュッケッタ!(死にそう)」「ミチョ!(気が変になりそう!)」とオーバーに泣き叫ぶ韓国女性とは違い、すぐ「死んだり」「気が変になったり」しない北朝鮮の美女軍団に「理想の朝鮮女性」の追い求めたのかもしれない。
要するに、額に汗を滲ませながら、一糸乱れぬ応援をする美女応援団の健気な姿と太陽のような微笑みに韓国男性は「萌えた」わけだ。ただし、北朝鮮の女性も韓国女性に負けず劣らず、気性も激しくしたたかであり、韓国男性が抱くそれは、幻想に過ぎない。
経済状況を反映した美女軍団の姿に期待
いずれにせよ、そういった男性目線はさておき、筆者は今回の派遣取りやめのニュースを残念な気持ちで聞いた。なぜなら、彼女たちを通じて「北朝鮮女性のいま」を見られると信じていたからだ。
美女軍団は、徹底した監視国家である北朝鮮が派遣する代表団である。服装、ヘアスタイル、振る舞いの全てに北朝鮮当局からの指導は入っている。応援の仕方から言葉一つまで全ては「演出:北朝鮮」である。それでも、注意深く観察すると北朝鮮の女性の変化ぶりを感じ取れるはずだ。そして、女性の変化はその社会の変化を表す一つの指標ともなり得る。
1990年代中盤に300万人の餓死者を生み出した北朝鮮だが、当時の北朝鮮女性は日々の生活苦に疲れ果てていたせいか「女性らしさ」は失われていた。市民経済を軽視して軍事や使い物にならない「ハコモノ」に少ない国家予算を費やす金正恩体制のせいで、今も決して経済状況はよくない。
しかし、厳しいなかでも、北朝鮮の市民達は独自に商売などを通じてしたたかに経済活動をしている。そのおかげで格差もあるが少しずつ経済状況もよくなっている。今回のアジア大会に美女軍団が参加していれば、彼女たちから変化する北朝鮮市民の息吹を感じ取れただろう。
「たかが美女軍団、されど美女軍団」なのである。
著者プロフィール
デイリーNK東京支局長
高 英起
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNK」の東京支局長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』(新潮社)など