ドクターX「神原名医紹介所」のような医師派遣会社は実在するのか

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医師派遣業は合法? 違法?
医師派遣業は合法? 違法?

【フリーランスドクターXのぶっちゃけ話】

 高視聴率をキープする『ドクターX 〜外科医・大門未知子〜』。同ドラマに取材協力した現役フリーランス女医が、知られざる医療現場のリアルと最新事情をぶっちゃける!

法律では「医師の派遣」は禁止されているが……

 ドラマ『ドクターX』に登場するフリーランス医師たちは、「神原名医紹介所からの派遣社員」という設定になっている。米倉涼子が演じる外科医や内田有紀が演じる麻酔科医の他にも、何人かの名医を抱えているらしく、非番の名医たちは雀卓を囲みつつ情報交換しているらしい。医師免許を剥奪された元外科医が経営し、昭和時代の学生下宿のようなレトロな建物に、猫のベン・ケーシーが妙味を添えている。

 フリーランス医師たちが難手術を成功させた後には、所長がメロンと請求書を携えて派遣先病院に現れて、集金完了後にはステップを踏みながら去ってゆく……「水戸黄門の印籠」やら「遠山の金さんの桜吹雪」の如き名物シーンである。はたして、このような「医師派遣会社」は実在するのだろうか?

 いきなり夢を壊すようだが、「人材派遣会社が医師を派遣」というのは法律で禁止されている。労働者派遣法では「適用除外業務」として「病院・診療所等における医療関連業務(医師、看護師など)」を挙げている。厚労省のエラい人によれば「医療のようなチームプレーの大切な業務に、派遣社員が混ざると問題が多い」ということらしい。

 また、同法律によると「派遣事業に使用する面積が20㎡以上あること」となっているので、その点でも「神原名医紹介所」は違法っぽい。しかしながら、インターネットで「医師 派遣」やら「医師 アルバイト」と検索すると、多数の紹介会社がヒットする。このような相違は、どうして起こるのだろうか?

かつては大学病院から各所に医師が派遣されていた

 昭和時代、ドラマ『白い巨塔』のような大学病院が健在だった頃、民間のいわゆる医師派遣業者はほとんど存在しなかった。医師の就職情報は、教授および大学病院が一手に握っていた。「毎週水曜日だけ来てくれる麻酔科医が欲しい」「来週手術予定の大腸がんに肝転移が見つかったので、第一助手に肝臓外科の先生を呼びたい」「眼科の先生が入院したので1か月ぐらい代理の先生を」といった細かいリクエストに応えて、医師を派遣するのも大学病院の役割だった。大学病院には「眼科学教室」「第一外科」といった数十の医局があり、各々の医局では「医局長」という役職名の30~40代の中堅医が、こういった細かいニーズの遣り繰りを担当していた。

 また、かつての大学医局には「トランク」という用語があった。教授や医局長の命令で、大学病院から地方の病院などに、文字通り「トランク」一つをぶら下げて、1か月~1年程度、出向することを指す。迎える病院側は病院敷地内の宿舎に家財道具一式を用意していることもあり、取り急ぎ車のトランクに身の回りの品を詰めて移動すれば何とかなったりするので、そちらが語源なのかもしれない。

教授の絶対命令で僻地に飛ばされ、女医は出産の制限も

 当時の大学における教授や医局長の命令は絶対であり、若手医師たちは将棋の駒のように任地を転々とした。「5日後に200㎞先の街に赴任せよ!」みたいな逸話が当時の大学医局にはゴロゴロあったし、少なくとも卒後10年目ぐらいまでは「異議を唱えることすら許されない」雰囲気があった。私自身もFAX1枚で、東北の非県庁所在地に派遣されたことがある。

 女性医師に対して「入局後〇年は出産禁止」と公言する教授はよく見かけたし、なかには産婦人科医もいた。妊娠などの理由で医局人事を拒否すれば「女は使えない」と公言されて、博士号や留学や就職斡旋などで露骨に冷遇され、周囲もそれを当然としていた。

 一見、医師にとっては非人道的で憲法違反のような制度であったが、それ故に、日本の隅々にまで医師が行きわたっていた。1997年には北海道の礼文島ですら分娩が可能になったし、厚労省やら東大教授で作った「将来の医師需給に関する検討委員会」は「2025年には医師の10%は過剰になる」と試算した。

“制度改悪”の呼び声高い新研修制度で医師不足に

 2004年から始まった新研修医制度によって、状況は一変する。それまで慣習的に母校の附属病院に就職していた新人医師は、「大学を卒業したての医師は2年間、医局に属さず研修に専念する」こととなった。2004~06年の2年間は日本中の医局に新人が入らず、医局は医師不足に苦しみ、関連病院からの医師引き揚げが頻発した。当然ながら、礼文島の分娩も休止した(現在もそのまま)。でも、この2年間にはまだ希望があった……大学病院の医師は信じていた、「この2年間さえ我慢すれば、以前のように新人が戻ってくる」と。

 2006年、厚労省の定めた「研修プログラム」を終えて入局した新人は、以前とまったく異質な若者であった。「17時以降はフリー」「当直なし」「厳しい叱責もなし」といった自由な2年間を過ごした医師が、いまさら素直に医局の駒にはなるはずもなかった。

 また「研修プログラム」終了後も封建的な医局制度を嫌って大学病院に戻らない若手も相当数になり、そのしわ寄せで、過重労働で辞めてゆく中堅医も増える一方であった。女医率は上昇し、「妊娠・出産を理由に医局派遣を拒否」することは「当然の権利」とされるようになった。大学病院における医師数が減り、駒のように動かせる手ごろな医師はさらに減り、医師派遣機能は著しく衰えた。

大学病院の力が衰え、民間の医師紹介業者が隆盛

 こうした「大学病院を嫌う若手医師」や「大学医局を辞めたい中堅医」そして「医師不足に悩む一般病院」の受け皿になったのが、民間の医師転職業者である。そして、インターネットの発達がこれを加速した。教授や医局長とは違い、医師個人の事情を親身になって聞いてくれて、希望に沿った職場を紹介してくれる……こういった民間業者は医師たちの人気を集めた。

 現在では、「医師 転職」とネット検索しただけで、数十社のホームページがヒットする。「女医専門」やら「麻酔科に強い」やら専門に特化したところも増えており、なかには「有罪判決を受けたような訳あり医者でも、ベテラン斡旋人が仕事紹介します」といったユニークな会社もある。

 でもって、冒頭の「医師の派遣は違法か?」という問いについては、労働者派遣法は原則禁止しているが、「紹介予定派遣」「産育休の代替」「僻地病院」といったケースは例外的に認めている。「医師 派遣」でヒットする会社は、上記のいずれか(多くは「紹介予定派遣」)を口実に、医師アルバイトを紹介しているのが実情である。

まとめ

  • 昭和時代、大学病院はそれ自体が医師派遣機能も担っていた
  • 医局による医師派遣は、医師にとって非人道的だったが、それゆえに日本の隅々まで医師が行きわたっていた
  • 2004年からの新研修医制度が引き金となって医局は弱体化し、医師派遣機能も衰えた
  • 大学医局に属さない医師の受け皿として、インターネットの普及もあって、民間医師転職業者が発達した
  • 労働者派遣法では医師の派遣は原則違法だが、いろいろな「例外規定」があり、民間業者による医師派遣(紹介)は盛業中である
筒井冨美(つついふみ)
フリーランス麻酔科医。1966年生まれ。某国立医大卒業後、米国留学、医大講師を経て、2007年より「特定の職場をもたないフリーランス医師」に転身。テレビ朝日系ドラマ『ドクターX 〜外科医・大門未知子〜』にも取材協力
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