【プロ野球】FAの人的補償をチャンスに変えた選手たち

デイリーニュースオンライン

Photo by shiori.k via flickr
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 1月9日、東京ヤクルトスワローズは、FAで読売ジャイアンツに移籍した相川亮二捕手の人的補償として、ジャイアンツから2年目の奥村展征内野手の獲得を発表した。

 FA移籍した大物選手の影で移籍する人的補償は、トレードとはまた違ったドラマある。近年では一岡竜司や馬原孝浩ら、人的補償で移籍した選手が活躍を見せていることもあり、その注目度はさらに上がっている。そんな人的補償は、過去19回行われている。事例は以下の通りだ。

1996年 川辺忠義投手(河野博文の補償で巨人→日本ハム)
2002年 平松一宏投手(前田幸長の補償で巨人→中日)
2002年 ユウキ投手(加藤伸一の補償で近鉄→オリックス)
2006年 小田幸平捕手(野口茂樹の補償で巨人→中日)
2006年 江藤智内野手(豊田清の補償で巨人→西武)
2007年 吉武真太郎投手(小久保裕紀の補償でソフトバンク→巨人)
2007年 工藤公康投手(門倉健の補償で巨人→横浜)2008年 赤松真人外野手(新井貴浩の補償で阪神→広島)
2008年 岡本真也投手(和田一浩の補償で中日→西武)
2008年 福地寿樹外野手(石井一久の補償で西武→ヤクルト)
2011年 高浜卓也内野手(小林宏の補償で阪神→ロッテ)
2012年 藤井秀悟投手(村田修一の補償で巨人→DeNA)
2012年 高口隆行内野手(サブローの補償でロッテ→巨人)
2013年 高宮和也投手(平野恵一の補償でオリックス→阪神)
2013年 馬原孝浩投手(寺原隼人の補償でソフトバンク→オリックス)
2014年 一岡竜司投手(大竹寛の補償で巨人→広島)
2014年 藤岡好明投手(鶴岡慎也の補償でソフトバンク→日本ハム)
2014年 鶴岡一成捕手(久保康友の補償でDeNA→阪神)
2014年 脇谷 亮二内野手(片岡治大の補償で巨人→西武)
2015年 奥村展征内野手(相川亮二の補償で巨人→ヤクルト)

 ご覧の通り、一軍当落線上の若手から全盛期を終えた実績あるベテランまで、じつに様々な選手が移籍している。人的保証移籍選手は、結果的には主力選手の意思に巻き込まれる形の移籍となるため、周囲から見れば被害者的な目を向けられる事が多い。悲劇的側面と、その裏にあるチャンス。この複雑に絡んだ人間模様が、人的補償が注目される最大の理由だろう。そんな人的補償における歴史の中で、特に印象深い活躍を見せた選手達をここに紹介したい。

移籍直後の大ブレイクした一岡竜司

 今回ジャイアンツから移籍した奥村を見て、まず思い起こされるのは、昨オフに大竹寛の人的補償でジャイアンツから広島カープに移籍した一岡竜司。ジャイアンツ時代は一軍投版わずか13試合の若手が、移籍を期に大ブレーク。カープ躍進の立役者として、獅子奮迅の活躍を見せる。惜しくも怪我で離脱してしまったが、31試合投板2勝0敗2セーブ16ホールド。防御率は驚異の0.58。ファン投票でオールスター出場をも果たした功績は、まさに人的補償ドリームと言えるだろう。

 ちなみに、他球団に人的補償として選手を流出させた数が一番多いのが、読売ジャイアンツの9人。2位福岡ソフトバンクホークスの3人を大きく引き離す数字となっている。ジャイアンツからの移籍で“開花”とまではいかないまでも、そのキャラクターといぶし銀の働きで脚光を浴びた選手もいる。野口茂樹の人的補償で、ジャイアンツから中日ドラゴンズに移籍した小田幸平だ。

 2番手捕手ながらも要所で見せる活躍や、ムードメーカーとしてベンチを盛り上げるそのキャラクターが人気を博し、本を出版するまでに至っている。

海外メディアも賞賛した赤松真人

 ジャイアンツに並ぶ、西の巨大戦力は阪神タイガースだ。タイガースもまた人的補償にまつわるエピソー ドは多数ある。

 まずは、2008年、新井貴浩のFA獲得により広島カープに移籍した赤松真人だ。タイガース時代は、50m5秒5の走力、遠投125mの強肩という驚異的な身体能力が期待された選手ではあったものの、絶対的レギュラー赤星憲広の陰に隠れる形となり、一軍出場は3年間でわずか36試合だけ。その驚異的な身体能力は移籍と共に一気に開花した。移籍1年目の2006年4月29日の対ジャイアンツ戦では、プロ初本塁打となる先頭打者ホームランを記録。翌日の同カードでも先頭打者ホームラン。翌々日もホームランを放つなど初本塁打から3試合連続のホームランという偉業を成し遂げる。

 鮮烈なホームランデビューを飾った赤松だが、彼の代名詞は打撃ではなく足と守備。そんな赤松にとってのハイライトは、2010年8月14日の対ベイスターズで見せた、ホームランキャッチだろう。村田修一が放ったホームラン性の当たりを、フェンスによじ登ってキャッチ。このプレーは海外メディアでも注目を集め、「日本の野球史上、もっとも衝撃的なキャッチだ」と紹介されるほどのそれであった。現在、赤松は、守備と足のスペシャリストとしてカープにとってなくてはならない選手となっている。

日本シリーズでも登板の高宮和也

 続いては、2013年にオリックスにFA移籍した平野恵一の人的補償で、タイガースに入団した高宮和也だ。高宮は2005年希望枠でベイスターズに入団した即戦力の有望選手であった。しかし、ベイスターズでは思ったような活躍ができず、打ち込まれる場面が目立ってしまう。その投球内容から、ベイスターズ主催試合のネット中継内で、

「水差し野郎」「横須賀へ帰れと言われても仕方ない」

 などと実況アナウンサーから酷評を受け、その動画が話題になったりしていた。その後トレードでオリックスへ移籍。リリーフで結果を見せるも、2013年に人的補償でタイガースへ移籍となった。移籍1年目は1試合の投板に終わったが、2年目の昨季は貴重な左のワンポイントとして大活躍。22試合の投板で1勝0敗3ホールド防御率2.89の好成績を残す。そして、日本シリーズでも2試合投板するなど存在感を発揮した。

「水差し野郎」と酷評された選手が日本シリーズで投げる。人的補償が生んだ一つのドラマと言えるのではないだろうか。

移籍で才能が一気に開花した福地寿樹

 最後に紹介したいのは、人的補償による最大の成功例と言える、福地寿樹(2012年引退)だ。福地は石井一久の人的補償で、西武ライオンズから東京ヤクルトスワローズに移籍。入団したカープ、トレードで移籍したライオンズでは、走力に定評のある選手ではあったが、レギュラーとして定着するには至ってはいなかった。その福地がスワローズ移籍1年目の2008年に初めて規定打席に到達。打率.320、9本塁打61打点と大ブレイクした。さらには42盗塁をマークして、初の盗塁王を獲得したのだ。プロ15年目にして快挙に、本人は元よりファンは大熱狂した。翌年のWBCの代表候補にも選ばれるなど、移籍をきっかけに大躍進を遂げたのだった。翌2009年も42盗塁で盗塁王を獲得。人的補償で移籍した選手としては、タイトルを獲得した唯一の選手としてその名を残している。

 ちなみに、以下の数字は福地のスワローズ移籍前の14年間と、移籍後の5年間の比較である。

【スワローズ移籍前】1994~2007(14年間)
試520 率.265 本5 点54 盗122

【スワローズ移籍後】2008~2012(5年間)
試489 率.277 本15 点130 盗129

 14年間の実績を5年で超えてしまっている。引退前の2年間は出場数が落ちていることを考えれば、実質3年で14年間を超えてしまっている事になるのだ。この福地の活躍を見る限り、人的補償で移籍した選手には可能性を感じづにはいられない。

 否応なしに注目を浴びる事となった選手達は、このチャンスを掴み取るべく、また、自身をプロテクトしなかった前所属球団を見返すためにも燃えるのだろう。

 今回、ジャイアンツから移籍した奥村は若干19歳。その将来に期待は高まる。自身が憧れの選手としてあげる宮本慎也の元所属球団に移籍というのも運命めいた物を感じる。将来の宮本としてスワローズの顔となれるのか? 奥村の今後に大いに期待したい。

(取材・文/井上智博)

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