『ひょっこりひょうたん島』など、小説家、劇作家、放送作家として井上ひさし氏は、多くの作品を世に送り出し、2010年4月9日、75歳で他界する。
がんを患い、療養中だった2009年9月のこと。ひさし氏は晩年、三女の麻矢氏に「夜中の電話」をかけるようになったという。
本書『夜中の電話 父・井上ひさし最後の言葉』(井上麻矢/著、集英社インターナショナル/刊)では、生き方から仕事のことまで多岐に渡ったひさし氏の言葉を、井上麻矢氏が77の言葉にまとめてつづった一冊だ。
麻矢氏は、幼い時から両親が芝居の世界に生きているのを身近で見ていて、芝居には人を虜にする何かがあると思い、怖さを感じていたという。そのため、演劇の世界に足を踏み入れたくなかった。
しかし、肺がん患ったひさし氏から、自作の戯曲を上演するためにひさし氏が立ち上げた劇団「こまつ座」を継ぐことになる。そんな麻矢氏とこまつ座の行く末を案じていたのか、ひさし氏は夜中に電話をかけるようになった。演劇の世界の厳しさ、それを乗り切る知恵、今まで生きてきた体験に基づいて、学んだことや感じたことを、夜中の電話で伝えた。麻矢氏は、父の言葉を一言一言、ノートに書き留めながら聞いた。
ひさし氏が語った「生きるということ」とはどういうことなのか。そのひとつがこれだ。
■「人生をなるべくシンプルに生きる。複雑にしてはいけない。複雑になっていると感じたら、どうしたらシンプルになるか考える」
麻矢氏が、離婚を決めるのかどうするのか、何から取りかかればいいのか、迷路にはまっていた時、心に響いた言葉が「感情を取り除いて、シンプルにすれば、方法は自ずから見えてくる」というものだった。そして、ひさし氏は「どうやら君はどんどん人生を複雑にしているように見える」とも言った。
麻矢氏が一時期、たくさんのアルバイトや仕事を抱えて忙しくしていた時、「人はそんなにたくさんの場所では生きられないのだよ」と、もう少し生活をシンプルにしてみたらと言われたこともあった。洋服や荷物の片づけのような上辺だけのシンプルさではなく、人間のもっと内面の意識をシンプルにすること。ある程度の年齢になったら、自分の生活そのものを広げることよりも深めることを意識しないと、結局中途半端になるのではないか。そう、ひさし氏は語ったそうだ。
横道にそれてみて、痛い目にもあい、だからこそ父のこの言葉を麻矢氏は素直に聞けたという。
がんの療養中、井上ひさし氏が命がけで娘に残した言葉の数々は、私たちの心を打つ。生きることとは、仕事とは。今、一読したい一冊だ。
(新刊JP編集部)
井上ひさしが娘に語った「生きるということ」
2015.12.31 20:00
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